こんにちは。そらまめです。
中国武漢から世界に広がった新型コロナウィルス(COVID-19)。
2月初めからニュースが流れ始めて、その後アジアから今は欧米へと感染は広がり、人体の健康への影響から、世界の経済活動全体にも、大きな影響が出ています。
そして、欧米では外出禁止令が発令され、いよいよ日本も首都圏で、小池都知事による外出自粛要請を皮切りに、その動きが出始めました。
この、猛威を振るう新型コロナウィルスに私たちは、人類は、どう対応したらよいのでしょうか?
医療そして経済、政策等、国ごともしくは世界レベルの様々な立場で、様々な人たちによって、対策は練られていて、発信もされているようです。
精神的、哲学的な見解から、具体的な経済対策や、外出禁止になったときの「巣ごもり」用グッズ等、身近な情報まで、多種多様な情報が、TVから、そしてネットやSNS上に溢れています。
そんな情報も、見れば見るほど、不安になったり、この先が心配になったりしますよね。
そんな中、私自身は、何よりも、以下の2つが重要だと思っています。
①具体的、基本的な感染予防をしっかりすること(手洗い、マスク、水をのむこと、免疫力を高めること)
②心の安心・安定を保つこと
とてもシンプルなことですが、まずはそこさえできれば、
臨機応変に、冷静で正確な判断も可能かと思います。
宇宙の作動原理と意識の作動原理とITの作動原理をシンプルな動きで説明する認識技術(nTech)からみると、このウィルスについても、大きな視点から、身近なこと、そしてウィルスの生成と生滅もメカニズムで解析できますので
日常での対処方法や、緊急対応として実施したらよいこと、そして長期視野で取り組んだらよいこと等、政策に関することも提言しています。
この様に、対応策があることがわかるだけでも、大きな安心感が生まれますし、
何より、この現実が脳のVRメガネをかけている状態でみている世界だと知っていて、そのVRメガネを外す方法を知っているだけでも、心の安定感は格段に違います。
そんな、nTechの元になるイメージを発見・発明したNohさんによる、コロナの解析や、提言等は、YouTube「令和哲学チャンネル」にアップされています。
みなさまの心の安心・安定に、少しでも貢献できたらと思い、ご紹介しますね。
パラリンピックの進化をみたときに
オリンピックイヤーですね。
東京オリンピックが終わった後、日本の経済はどうなるのか、その心配もありますが、今日はパラリンピックについて書いてみたいと思います。
パラリンピックの進化には、驚くものがあります。
昔とは、競技への関心や、選手への注目度、選手自身が輝いてる姿など格段の違いがあり、オリンピックを上回るような勢いを感じます。
それを通して感じるのは、「人間が、人間じゃないものによってできていること、できていくことが、明らかになる時代。」がきたということ。
義足の選手
義手の選手
科学技術の進化と共に、それがハンディではなく、障害のない人よりも、すごい記録をどんどんだしていく可能性を秘めています。
そして、肉体の進化は、人工知能(AI)の発展と相まって、
AI搭載頭脳へと進み
人間が一生かけても太刀打ちできない知識を、一瞬でもつことができる人間(もはや人間とは呼ばないかもしれませんが・・・)の誕生が簡単に予想できます。
さて、そんなAI頭脳を自分が自分の脳にインストールしたとイメージしたとき
意思決定は、どうするのか、どうなるのか
統制権がもてるのか、そのとき、自分で統制していると果たして言えるのか
全体がわかるのか、全体とは何なのか
なぜ生きているのか、自分とはどこからどこまでなのか、どこにむかってどう生きていけばよいのか
改めて、そんな疑問がどんどん湧いてきそうです。
唯一つ、言えることは、「脳を使って認識している」ということ。
その「人間の脳」がこの世界に誕生する前、何が起こっていたのか。
どのような仕組みで、どのような脈絡で、人間の脳が生まれ、この世界を解析するようになったのか。
この世界に人間が生まれる遥か前、宇宙が出発するときは、何が、どのように起こったのか。
最先端の科学の矛盾(例:相対性理論と量子力学の矛盾等)はどう説明できるのか。
同じところから生まれた宗教同士が、なぜ戦争をし続けるのか。
認識技術(nTech)は、その全てを、シンプルなひとつの動きで矛盾なく説明し、その根源にあるものを明確にデファイン(規定)しています。
そこから見る世界は、とても安心感と躍動感が同居する、シンプルでワクワクする世界です。
「人間の進化」というものがあるとするなら、人を人として成り立たせている「脳」、その「脳」の認識方式が大きく変化して、新しく世界の共通認識が生まれた時、それが起こるんじゃないかと思います。
それは、教育によって可能であり、日本にはそれを始める粘り強さと精密さが、備わっていると私は感じています。
混迷の時代に。
2020年(令和弐年)
あけましておめでとうございます。
みなさんにとって、2020年は、どんな一年になりそうでしょうか?
ここ数年感じることは、
「世の中、どんどん訳が分からなくなっている・・・」
書店に行って本を探しても、いろんな人に会っても、今までの基準や法則がどんどん通用しなくなり、この先、どうなるのか、どう生きていくのが正解なのか、
どんどん分からなくなっている、そんな風に感じているのは、私だけではないんじゃないかと思います。
まさに、混迷の時代。
今年は、オリンピックイヤーですが、その後の日本がどうなっていくのか?
危機感を感じられている方も多いのではないかと思います。
歴史を振りかえれば、混迷のあとには、新しい秩序がうまれ、その秩序に沿って、新しいルールができる、そんな流れが見えてきます。
ただし、この混迷を、どこから、どのように収束させていけばよいのか?
今の混迷の、根本的な原因は何なのか?
それを発見できている人は、そう多くはないのではないかと感じます。
アインシュタインはこんな問いを投げかけられたそうです。
「世界があと1時間で滅亡するとしたら、あなたはその1時間をどう過ごしますか?」
そこに対して、アインシュタインはどう答えたでしょうか?
( 私だったら、「最後の晩餐、一番好きなものを食べる!」もしくは「一番大事な人に電話する!」と答えそうです・・・かなりフツーの答え(笑) )
さすが天才アインシュタインは、
「問題の発見に55分を使う。残り5分で、その問題を解決する。」
と答えたそうです。
このエピソードが示していることは、本当の問題の発見が、その解決以上に非常に重要であり、問題が発見できさえすれば、解決策は自ずとみつかる、ということ。
混迷の時代。その根本的な原因(問題)は、一体何なのでしょう?
全ての問題の根っこにある根本原因、ぜひ、それについて考えてみて下さい。
「なるほど!!それが問題だったのか!!」それが明らかになった時、
2020年は、間違いなく、日本にとっても、世界にとっても、すばらしい1年になると思います。
みなさまにとって、2020年が、幸せにあふれる一年になりますように。
そらまめ
人と人が深くつながるためのプラットフォームSNS3.0とは?
SNSが当たり前の世の中になって、離れていても知人友人の近況を簡単に知ることができるようになりました。
そして、気軽に「イイネ」と返すことができます。
ですが、今のSNSは、近況を知ったり、新しく「つながる」きっかけはつくれても、心と心は、どれだけ深く繋がれる実感がもてるでしょうか?
ビジョンや夢でつながる、そして、そのつながりが、フラットでかつ安定的に継続できる、そんなつながりは、今のSNSからは、なかなか生まれにくいのではないかと思います。
そこに、課題を感じて、新しいバージョンのSNSを立ちあげようとしているのが「SNS3.0構想」というプロジェクト。
ミクシー等、匿名でつながるSNSが、1.0バージョンだったとすると、
フェイスブックはSNS2.0バージョン、
そのフェイスブック機能を底上げする、ビジョンとビジョンで今まで以上に深くつながり、シナジー効果を目指すプラットフォームがSNS3.0バージョン。
令和元年10月13日の東京を皮切りに、11月30日に福岡でも、その発表がありました。
次は、来年3月7日に、大阪でイベントが開催されます。
興味のある方は、ぜひ、参加してみませんか?
↓ ↓ ↓
https://t.livepocket.jp/e/200307osaka

SNS3.0について、もっと詳しく知りたい方は、こちら↓もご覧ください!
サピエンス全史からホモデウスまで。無用者階級が拡大する未来とは?
早いもので、今年ももう師走に突入しましたね。
昨年から今年にかけて、話題の書「サピエンス全史」「ホモデウス」みなさんは、もう読まれましたか?
イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリさんが書いた本です。
http://www.kawade.co.jp/homo-deus/
そこには、なぜ、さまざまな種類の原始人のなかから、「ホモサピエンス」だけが生き残って、現在のように地球全体に広がったのか、
そして、今から未来、人類はどうなっていくのか、が書かれています。
といっても、実は、まだ私も実際の本は読んでいませんが、
様々なまとめサイトや、解説をみて、衝撃を受けました。
AIが進化する未来、現在の社会構造、広い視点そして時間軸から歴史の流れを紐解いてみると、
こんな未来が予測される。
それは、漠然と予測していたものでもあり、でも、予測よりもさらに明確で深刻なものでもあります。
しかも、歴史的な根拠とともに示されていることで、かなりリアリティをもって伝わってきます。
特に「ホモデウス」には、人類は、神の力をもつ一部の「ホモデウス」以外は、仕事もなく人間として生まれた意味もわからない「無用者階級」になりますよ、と書かれているそうです。
それほど遠くない未来、おそらくあと10年~20年のうちには、そんな未来が当たり前に叫ばれるようになり、しかも実際にそうなっていく可能性は高いと思いました。
そこに対して、著書のハラリさんも、明確な解決策は示せていないようです。
人類は、この危機を突破できるのでしょうか。
かつて、地球上の生命体には、絶滅の危機は何度か訪れ、そのたびに突破口を見出して、今まで生物の多様性を発展させてきました。
人類の進化が必要な時代。
その進化が、どこから、どのように起こるのか。
具体的には、何を、どのように変化させたら、ホモサピエンスが進化し、無用者階級の量産を回避できるのでしょうか?
私は、0=∞=1という数式と、それが表す新しい認識方式、そしてその教育が体系化され共有可能になった認識技術(nTech)に、希望の種があるとみています。
https://blog.noh-jesu.com/entry/2019/05/05
引用:Noh Jesu公式ブログ https://blog.noh-jesu.com/entry/2019/05/05
↑こちらには、冒頭の書籍の解説にとどまらず、希望の未来に向かうヒントも書かれています。よかったら、ぜひ、読んでみて下さい。
「42」世界を変えた男。
今、大リーグで、黒人選手が活躍することは、当たり前になっています。
でも、初めての時、それがどのくらい大変なことだったか。
同じように、今、黄色人種が、白人や黒人とともに、国際社会で活躍しています。
もしも、明治維新以降の日本の努力と世界へのチャレンジがなかったとしたら、今はどんな世界になっているでしょうか。
今当たり前に平等に感じる世界も、もともとあった大きな格差を超えるために、最初の一歩をチャレンジした人たちが必ず存在します。
そんな先人たちのことを思うとき、この映画を思い出します。
「42」世界を変えた男。
2013年に書いた映画評ですが、われながら結構いいこと書いてるので(笑)シェアしますね。
https://ameblo.jp/hanausagi2010/entry-11698209830.html?frm=theme
エリートの終焉。「ニューエリート」とは?
台風がいくつか去って、ようやく爽やかな秋晴れの季節になりました。
あっという間に9月も末。気が付けば、今年もあと3か月余りです。
さてさて、今日は、「エリート」について考えてみたいと思います。
今までのエリート通用しない時代になっている・・・
そんな話が、そこここで聞かれるようになりました。
『ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち』(ピョートル・フェリクス・グジバチ著、大和書房)の著者は、ポーランドで生まれ、ドイツ、オランダ、アメリカで暮らしたあと、2000年に来日したという人物。
モルガン・スタンレーなどを経て入社したグーグルではアジアパシフィックでのピープルディベロップメントを担当したのち、グローバルでのラーニング・ストラテジーに携わり、人材育成と組織開発、リーダーシップ開発などの分野で活躍。日本在住17年となる現在は、独立して2社を経営しているそうです。
https://www.lifehacker.jp/2018/03/book_to_read_google.html
この本、今、話題だそうですね。
既存のエリートの終焉。
先日、超エリートがそろう某シンクタンクに勤めている女性から、かなりアウトなパワハラ行為目撃したと耳にしました。
それは・・・
『たくさんの社員が聞いている職場で、1時間も部下を罵倒し続ける上司』
バブルの時代には、結構あった話かもしれません。でも、1時間はさすがに長いなあと思います。
おそらく、その超エリート氏は、常々、各方面に対してソツなく完璧かつ冷静に、そのIQの高い頭脳を駆使して対処してきた中で、たまっていた様々なものが、予想外の事態に直面して「怒り」という感情となって、爆発してしまったんじゃないかと・・・
これは、勝手な分析ではありますが、最近、「ハラスメント」に関連したドラマも多く放送されていて、もちろんドラマですから、デフォルメしてあるとは思いますが、それを見て感じることは多くあります。
いわゆるコンプライアンスに関する社内教育も受ける中、「あれもしたらダメ、これもしたらダメ」と思えば思うほど、一体、部下とどうコミュニケーションをとったらいいのか分からなくなってしまう管理職はどんどん増えているんじゃないかと。
そして、自分の中では最善を尽くして部下と接しているつもりでも、どうコミュニケーションをとったらよいか分からないために、その思いを伝える方法もなく、
ある日突然、「辞めます」なんて言われた日には
「どれだけお前のことを考えて今まで接してきたか、分かってるのか―!!」
と、叫びたくなる上司もいるのかもしれません。
部下からしたら、きっと、そんなこと言われてもあまりに唐突すぎて、目が点になり
「いえいえ、まったくわかりません」
としか言えない世界なんですが・・・
とにかく、どんなエリートも、既存のやり方では、部下とのコミュニケーションひとつ、上手く行かない。そんな時代が、今この時代、なんだと思います。
AIが人間を代替する、そんなことが、なんとなくな危機感から、数年であっという間に常識に変わりつつある今、人間そのものの変化が、以前よりも鮮明に求められているように感じます。
以下は、前出の本の紹介ページで書かれている文章です。
著者が訴えたいのは、自分がいま当たり前だと思っている世界は、まったく当たり前ではないということ。変化は突然やってくるもので、それを止めることも避けることもできないのだから、変化を受け入れ、乗りこなし、楽しむ必要があるということです。
https://www.lifehacker.jp/2018/03/book_to_read_google.html
人間にとって、今、必要な変化とは何なのか?
何から、どのように変化を起こしたら、希望の未来を創造できるのか?
私は、そのキーワードが「令和」の2文字に込められていると思います。
それが、どういう意味なのか、知りたい方、そして、
ニューエリートの時代を、一緒に創っていくことを「面白そう!!」と感じる方は、↓おススメです!
↓↓
ゴジラが平和の伝道師だったということ。
子ども時代は、「ウルトラマン」のような、ただの怪獣映画だと思っていたので、そんなメッセージが込められていることはしらなかったけれど、
映画「シン・ゴジラ」を見たときは、ゴジラの生い立ちを知って、ラストシーンのゴジラの叫びが、恨みや怒り、絶望や悲しみ、といった全ての感情を含んだ、そして「目を覚ませ!」という、人間に対する強烈なメッセージじゃないかと感じたことを、
この記事を読んで思い出しました。
2019.8.23 Yahoo!ニュースより引用
戦争を実際に体験した方たちの中に、生きているうちにそのことを伝えようと、発信してくださる方が増えていると感じます。
当時は、一人一人が壮絶な体験をして、でも戦後は、占領下での長い検閲の影響(※)もあり、事実やその時の様子を積極的に語ることは、長い間できなかったんじゃないでしょうか。
私の記憶でも、父母は戦争当時、4~6才といった幼少期だったので、「みんなお腹を空かせていて大変だった」といったことは聞いたことはありましたが、戦争を体験したときに大人だった祖父母からは、戦争について聞いたことは、ただの一度もありませんでした。
https://news.yahoo.co.jp/feature/1421
ハルビンの自宅で、両親といっしょにラジオの「玉音放送」を聞きました。父親と母親が、畳の上にへなへなとへたり込んだ姿をよく覚えています。
こういったシーンは、数々のドラマでみたことがあります。
でも、当時の大人たちが、どんな気持ちだったのか、「畳の上にへたり込む」ほどのショックとは、どのようなものだったのかと、想像したときに
それは、まさに「アイデンティティが崩壊した」「一番大切にしてきたものを、ある日突然失った」「中心軸が崩壊した」、家に例えれば、大黒柱が、突然亡くなってしまった、
そのくらいの強烈な衝撃的な経験だったのではないかと思います。
ただ、そのショックを、多くの大人たちが、語ることを禁じられて、自分の胸の中に閉じ込め、耐える事しかできなかったとしたら、それが、どのくらい辛く苦しいことだったのかと思うと、想像を絶するものがあります。
祖父は、そして当時の一人一人の大人たちは、その押さえ込んだ感情の発露を、どこに見出していたのだろう?
そう思ったときに、明らかに、それが戦後の復興や経済成長の推進力になり、
でも、もう一方では、「一番近い身内にしか向けられない怒り」になったケースが多いんじゃなかろうか。
実際、寡黙で、男らしく、実直に仕事をする明治生まれの祖父は、食卓で祖母にだけは、よく大声で怒鳴っていました。
当時の私は、それが祖母の性格や言動が悪いせいだと決めつけ、勝手にそう思い込んでいましたが、家を継いでくれた娘夫婦(私の父は婿養子)や孫たちには気を遣って出せない怒りを、祖母にだけはストレートに向けることができたのかもしれません。
そして、その怒りや悲しみのエネルギーは、実は無意識に連綿と受け継がれている気がします。
令和に入り、その癒されないまま、一人一人がため込んでいる大きな痛み、引き継いできた痛みを、ようやく、オープンして癒しに向かうタイミングが来たように思います。
令和の幟は、その癒しのシンボルでもあります。
【8.25大阪リライズフェスティバル】
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https://t.livepocket.jp/e/46e_5
大阪令和維新Re・riseフェスティバル
~明治維新を超える令和維新~
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映画『東京裁判』が訴えていることとは?
渋谷の映画館で、今週まで上映されていると聞いて、慌てて観に行ってきました。
初めてみる「東京裁判」。
戦勝国に、敗戦国日本が裁かれる様子を撮影したドキュメンタリー映画として、あまりにも有名な、でもこの年齢になるまで一度も見たことがなかった映画です。
しかも長編。
なんと、270分。つまり、4時間半(汗)。
にもかかわらず満席。立ち見まで出るほどに。
令和の時代に入り、日本に本当は何が起こったのか、日本の本当の姿を知りたいという思いが、多くの人たちの中に、自然に湧き上がってきているのかもしれません。
そして、2時間以内の映画でも寝てしまう私が・・・
驚くことに、一睡もしませんでした。
【映画 東京裁判 公式サイト】
見終わって感じたことは、あまりにも多くありすぎて、おそらく一回の記事では書ききれません。
日本が、一体、どのような経緯で「戦争犯罪国家」の烙印を押されたのか。
本来、どんな国も、その国にとっては正当な理由があって戦争を始めるはずです。
つまり、戦争を始めたことや、戦争を行った国自体が「犯罪だ」と法廷で判決が下されたことは、それまで、人間の歴史上、ただの一度もなかった。
にもかかわらず、「敗戦国」というその一点だけで、一方的に、戦勝国から犯罪国家として決めつけられた裁判。
それが東京裁判でした。
戦争で負けた痛みだけではなく、
大義をもって戦争を起こしたことや、国民が一つになって何年も耐えてがんばって守ろうとしたあらゆることが悪だったのだと、世界から烙印を押され
国全体のアイデンティティを全否定される、という
日本にとって、これは、そのくらいの
大きな大きな痛み、経験だったんだと感じました。
そして、その傷は、今も実は一人一人の中に残っているのだと思います。
印象的だったのは、終戦の数年前に、非暴力・不服従を唱えたインドのガンジーが日本について語った言葉です。
「もし正義のためだったとしても、日本が、暴力によってそれをなそうとするのは間違っている」
当時の世界情勢からみたときに、日本は、「武力」を使うしかなかったのだと思います。
でも、日本が使うべきは、武力ではないということを、先の大戦では、人間だけではなくて、宇宙自然や歴史文明が、判断したとも言えるんじゃないかと感じました。
世界を、平和と調和に導くために、次の大義は、暴力ではなく、心を使って成し遂げる。
そのために、あらゆる痛みに耐える覚悟で、負けを選択してくれた、先人たちの悔しさと、涙と、潔さと、勇気に報いたいと思いました。
フィクションや再現ドラマではなくて、すべては実際に起こったことを撮影した映像で全編が構成されているこの映画は、リアルだからこそ、多くのことを訴えかけてきます。
私は、東条英機と言う人が、極悪人だったのだと当たり前の様に思い込んでいましたが
なぜ、彼が、真っ先に批判の矢面に立たされることになったのか、その背景も、この映画によって初めて知りました。
先日読んだ、 東条英機氏の直系の曾孫にあたる方のインタビュー記事も、その後のご家族の苦労が明かされていて、とても印象的だったので、ご紹介したいと思います。
「世界を知るには、まず自分を知ることから」 一般社団法人 国際教養振興協会 東條 英利さん
https://note.mu/mamitsukazaki/n/n286a96bae147?magazine_key=m891c62a08b36
【リライズニュース 美しい時代を創る人達より】
映画の冒頭に流れた、1945年8月15日の玉音放送を聞いて、私の隣に座っていた年配の女性は、泣いている様子でした。
当時の日本人にとって、初めて聞く天皇の声が、その、敗戦を告げる声だったそうです。
そんな状況で、日本中の人たちは、その日、何を感じたのでしょう。
戦争は、まだ終わっていない。
日本人の中に実は涙があふれていること、そして、あの時はあえて世界人類のために負けを選んだけれど、
後の日本人へと、託されたものがある。
令和になって、その思いや意志を、受け取る準備ができた人たちが加速度的に増えているように感じます。
この週末、8月25日には、大阪で令和の幟が立ちます。
日本が本当に成し遂げたかった夢を、次は武力ではなく、心を使う心のプロになって、みんなで成し遂げていこう、そんな思いがこもった幟です。
何か感じた方は、ぜひ一緒に、8.25大阪の令和の幟のもとに集いましょう。
【8.25大阪リライズフェスティバル】
https://t.livepocket.jp/e/46e_5
映画『アルキメデスの大戦』が描く日本の覚悟
※若干、ネタバレ注意!!です。
少し前から、この夏、みたいと思っていた映画「アルキメデスの大戦」を観てきました。
余談になりますが、私はここ数年、映画を観ると約2時間の間のほぼどこかで「睡魔に襲われ、寝てしまう・・・」という残念な体質になってしまい
今日も、「起きてられるかな??」と若干心配しながら映画に突入しました(笑)
前半、やっぱりウトウトしてしまった(汗)ものの
見終わって感じたのは、
この巨大戦艦造船に込められた本当の意味です。
予告映像の中では、すでに、その戦艦が「大和」であることが表現されていますが、映画の中では、最後の方で、その名前が明かされます。
日本そのものを表す「大和」という名前に込められた意味が語られたとき、「男たちの大和」という映画のシーンがよみがえりました。
間もなく、8月15日、終戦記念日です。
元号が令和になって初めてのその日に、先人たちが大和に込めたメッセージを改めて、深く心に刻みたいと思いました。
そして、令和哲学者のNohJesu氏も、この映画について、ブログで解析しています。
さらに深くこの映画を読み解くことで、いろいろな発見があるんじゃないかと思います。
ぜひ読んでみて下さい。
