スポーツマンによる「夢を持て」に、ずっと違和感があった

プロ野球選手や、サッカー選手、有名なスポーツ選手から、

その優勝インタビューや、金メダルに輝いた時のインタビューで

「子供たちに(自分の様に)夢をもって欲しい!」

という言葉をよく聞きます。

 

このコトバに、実はずっと違和感を感じていました。

なぜならば、そんな風にトップまで行ける人は一握り。

甲子園も、優勝できるのはたった1校で、

それ以外のチームは、涙を流して、甲子園の土を持ち帰り、去っていきます。

 

何が違和感かと言えば、

「努力の結果、得られる「目に見える結果」にこそ価値がある」

といわんばかりの表現や報道がよくみられるからです。

もちろん、その結果は素晴らしいし、その結果を得られたあなたはすごい。

でも、もっとすごいのは、そのプロセスで、どんなチャレンジをどう超えたか、そこにどんな涙があったのか。

そこにこそ、そのインタビューを聴く側が求める価値があると感じます。

 

目に見える成功を得られる人は、一握り。

しかも、その成功が、「本当の成功??」なのかも定かではありません・・・

 

なのにステレオタイプに

「夢をもて、子どもたちの目標でありたい」

なんだそれ?自己満足じゃん。

そんな風に思ってしまう私は、ただの毒舌人間でしょうか??

 

ホントの夢は

どんな状態でも、どんな人も、等しく重要で、すばらしい存在だと

生きてるだけで丸もうけだと思えること。

そして、

どんな人に対しても、そう相手をみることができることじゃないかと思います。

しかも無理やりじゃなく。当たり前の様に。

 

夢は、何かを達成することでしか得られないものでしょうか?

本当のあなたは(自分は)、どこから来て、どこに向かっているのでしょう?

今ここ、その自分で生きることは、不可能なことでしょうか?

 

今の時代は、今までの生き方のセオリーが、通用しなくなっています。

時代の流れはものすごく加速していて、10年前と今とでは、スピードが恐ろしく違います。

IT技術の進化、AIの登場、SNSの登場、スマホの登場、テクノロジーの進化が、人間の意識もそれに伴ってどんどん変化しています。

人間として生きる意味や、その方向性が、本格的に問われる時代に突入しました。

 

そこに対する答えを持っている人、いない人では、これから、大きく格差が生まれます。

令和時代は、答えをもっていきましょう!

なにやら面白そうだぞ!?と思われた方は、ぜひこちらを読んでみてくださいね。

 

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https://blog.noh-jesu.com/entry/2019/05/05

 

 

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