煉獄杏寿郎が象徴しているものとは。

鬼滅の刃・無限列車編、凄まじい人気ですね。

かくいう私も、実は、映画館に足を運びました。しかも、なんと2回も!!(笑)

映画館に上映中に2回も足を運ぶなんて、人生で初めてなんじゃないか??

と思うくらいの奇跡がおこっている令和2年の年の瀬です。

さてさて、その鬼滅の刃、ラスト15分、ほぼ泣きっぱなしでした。

そんな方、多いのではないでしょうか?

何に泣いたのか?

それは、一言で表すなら、煉獄さんの生き様に、です。


なぜ、そこに、そこまで共鳴共感して、涙が止まらなかったのか。

それは、まさしく、75年前、戦いそして命を落とした日本の姿そのものであり、彼が炭次郎に語り掛けた言葉は負けた日本がのちの世代に託した祈り、そして炭次郎が発したことば一つ一つが、そのメッセージを託された、そして今の日本そのもの心の奥底にある叫びでもあるからだと、私は思いました。

日本は、負けたのではない。責務を、全うした。

そして、美しい未来を残すために、命を燃やし、そして燃え尽きた。

そのメッセージが、映画を通して、今の日本人ひとりひとりのココロに
ダイレクトに響いてくるのではないかと。

だから、こんなにも、老いも若きも、このストーリーにくぎ付けになり
心が震えてしまうのではないかと。

私はそう感じました。

新型コロナウイルスが現れ、世界のありようが大きく変化した2020年。

AI(人工知能)の台頭によって、人間の存在意味が問われる時代。人と人が直接触れ合うことがコロナによって制限され、アンコンタクト社会となり、ライフスタイルのIT化に拍車がかかり、先行きが見えない、漠然とした不安はその濃度をどんどん増している今このとき。

人間が向かうべき方向性はどこなのか。そして日本の役割はなんなのか。

人間が700万年間こえられなかった弱点と、今の危機的な状況の関係。

それを突破するために日本が全うするべき責務。

その道が、どんなに困難だとしても、進むしかない道が、切り開かなければならない道がある。

そのことを、教えてくれているのが、この映画だと、私は思います。

鬼滅の刃を通して、日本の、日本人の役割に出会いたい方、

煉獄杏寿郎や炭次郎のような生き方を、心の底で望んでいる方は、ぜひ語り合いましょう。コメント、メッセージをお待ちしています。


あるものはある。ないものはない。

令和哲学カフェ、11月末から第2期が始まり、現在5日ごとにファシリテーターが交代して進められています。

1期は、全123回を、令和哲学者Nohさんが一人でリードし、これまでの哲学の壮大な歴史を一気に、そして丁寧に整理しながら、新時代の哲学【令和哲学】を提案しました。

そして2期は、1期を土台に、令和哲学を学んだメンバーが、テーマを選んで会を進行しています。

ファシリテーターによって、個性とテーマが融合して、とても見応えのある内容になっています。

今週は、令和哲学カフェから誕生した若き哲学者【大川 まこと】さんが

ー存在の謎解き編ー

と題して、存在、つまり、「ある」と「ない」についてアプローチしています。

これがまた、面白い。

パルメデウスは、

「あるものはある、ないものはない」

と言い切ったそうです。

何てシンプル~!!と痺れました。

2500年前、古代ギリシャの哲学者ですが、彼は、存在について探求した、初めての哲学者だったそう。

感覚というものは、「あるものをない、ないものをある」と思う、変化するもの。

だから感覚なんてものはニセモノだー!!!と言い放ったパルメデウス。

この宇宙神羅万象、すべてあったりなかったり変化するもの。

なので、まさに、脳が映し出す世界は全て偽物。

全てを生み出す「源泉的な動き一つだけがある」と言い切る令和哲学とめちゃめちゃ通じますね。

そして、今ここの現実は、その源泉的動きひとつが、見ている夢。

若き哲学者が語る、令和哲学との出会いで

今まで「ある」と思っていたものを土台にしてきたすべてがきれいに消えていく経験。

そして、それだけじゃなくて、今までの「ある」がなくなったところから、新しい感覚を付けていく楽しさ。

そんなことを語ってくれています。

なにより、とってもシャープに丁寧に、出演者の話を聞きながら整理していく若き哲学者の姿が、

日本の未来への希望と重なる、令和哲学カフェの夜でした。

今夜は、大川さんのリード最終日。

令和哲学の真打、令和哲学者、Nohさんも登場する、わくわくする回。

今夜も楽しみです!

【令和哲学カフェHP】はこちら
※とっても充実しているのでぜひ覗いてみて下さい!


りゆうがあります

絵本の感想を書きます。

今日は、再び、ヨシタケシンスケさん。

「りゆうがあります」

前回は、女の子がパパに問いかける「ふまんがあります」

今回は、男の子がママに伝える「りゆうがあります」


面白いなーと思ったのは、男の子は、いろんな理由を思いつくものだなあということ。

大人が決めた「やっちゃダメ」のルールに対して、「なぜ自分がそれをするのか」は、ひとつひとつ、その男の子なりのステキな理由があります。

なぜそれをするのか?を、どこまでも深く深く追求していったら、実は必ず宇宙の秘密、真理にたどり着きますね。

りんごはなぜ落ちるのか?に疑問をもったニュートンが、万有引力を発見したように、

万人が納得するルールを発見したなら、彼は、この時代のニュートンになる可能性を秘めている気がします(笑)

まずは「なぜはなくそをほるのか?」からぜひ、ニュートンへの道を初めてみてほしい!

そして、もしかすると、この男の子は、「ふまんがあります」のパパの幼少期のお話かも??と感じた私でした。

絵本は楽しいですね。大好きです。

https://www.ehonnavi.net/ehon/106517/%E3%82%8A%E3%82%86%E3%81%86%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99/


りゆうがあります
作: ヨシタケシンスケ
出版社: PHP研究所

フッサールと令和哲学

令和哲学カフェでは、昨日までの5回、フッサールを取り上げていました。

フッサールって誰??

くらいの素人状態からのスタートでしたが、令和哲学カフェでおなじみの「ビンと鳥」を使って、今回もまた鮮やかでシンプルな解説。

現象学、といえば、難解で有名だそうですが、なぜそれが難解だったのか、

エポケとは?超越的還元とは?なにを意味しているのか?

更には、デカルトの名言「われ思うゆえにわれあり」の新解釈等、非常に興味深く、今ここと繋がる解説に、哲学への理解と、先人の切り開いてきた哲学的蓄積の脈絡に

改めて聞き入りました。

「哲学は、それまでの全ての概念を否定して、新しい概念をうちたてるもの」

だそうです。

但し、それまでの概念を否定はするけれど、既存の概念は、新しい概念の一部分として包含される、というのが、新しい哲学となれる条件だと感じます。

令和哲学カフェでは、西洋の哲学者の探究の脈絡が、「ビンと鳥」の一枚の絵で、だれが、どこまで哲学的進化を遂げたのか、それを受け継いだ次の哲学者が、どこまで進化させてきたのか、それをシンプルに整理して理解することができます。

今日からはマルクス。

共産主義の元になった思想哲学を創った人、という印象ですが、今日からの5日間もまた、楽しみです!

https://reiwaphilosophy.com/

うんこ!

今日は絵本の感想を書きます。

まあ、なんともダイレクトなタイトル。

しかも子供が狂喜乱舞しそうな・・・

しかし、次第にこのうんこが置かれた境遇は、なぜか今の日本とつながりました。

戦争犯罪国家の不名誉な烙印を押されて、諸外国から嫌われる日本。

後ろ指指されて、ひどいこと言われ、

そして、どんどん不平不満がたまり、くさくさして文句が多くなっていく。

でも、ひとたび、自らの足で歩こうと決断し、勇気を出して飛び出してみれば

その魅力をいかんなく発揮させてもらえる人や場との出会いが・・・!?

個人的には、うんこの臭さに泣きながら逃げていくウサギがツボでした(笑)

絵本、大好きです。

https://www.ehonnavi.net/ehon/34494/%E3%81%86%E3%82%93%E3%81%93%EF%BC%81/

うんこ!
絵本
文: サトシン
絵: 西村 敏雄
出版社: 文溪堂

まってるまってる

絵本の感想を書きます。

「まってるまってる」

行列を見かけると、みなさんはどう行動しますか?

「一体何の行列だろう?」と探ってみる。

「とりあえず並んでみようか」と並んでみる。

興味はかくしてさっさと通り過ぎる。等々・・・

私は、興味津々で近づいて、でも並ばずに何の行列かなー??と予測するタイプです。

行列の先に何があるのか、どんどん知りたくなる絵本でした。

最後はみんながどんどん太っていきます。

まるで、物質文明でパンパン、情報過多でパンパン、苦しい~!!と叫んでいる現代人をあらわしているような、そんな気持ちに。

早くスッキリしたいものです。これは、人類史上最高のすっきりを「まってるまってる」お話かもしれません。

ラスト、一気にスリムになったみなさん。でも、また次の行列に並ぼうとする。

みんなが並ぶなら並んでみたい。これは人間の性なのかな?

実はとても深いメッセージが隠れている一冊でした。

絵本、楽しいですね。大好きです。

https://www.ehonnavi.net/ehon/84682/%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%8B/

まってるまってる
作: 高畠 那生
出版社: 絵本館

ふまんがあります

今日は絵本の感想を書きます。

ヨシタケシンスケさんの「ふまんがあります」をよみました。

女の子がパパへの日頃の不満を次から次からぶちまける。

そこに対するパパの答えは・・・?

この本を読んでワクワクするのは

「次はどんな不満が飛び出すの?」

「このパパはいったいどんな答えを返すんだろう?」

ということ。

女の子の不満は、全部が、大人が子供に日々言いそうなこと、やりそうなことだし、

そこへのパパの答えは、一切、大人の正論ではないところがミソ。

すべてがウィットに富んでいて、ファンタジー。

それによって、女の子が「本当に納得してるか」は不明。

心が納得してないからこそ、次々終わりなく不満が繰り出されるのかもしれません。

でも、そのやり取りを通して、パパのあいはしっかり感じてるんじゃないかな、と思いました。

そしてラストは、女の子へのパパからの逆質問。

そこに対する女の子の答えとは??

子供の方が、100倍?上手なんだなと、可愛いなあと思いました。

ヨシタケシンスケさんの絵本、最近知って、初めての1冊ですが、この可愛さには虜になりそう。

次は、どんな絵本に出会えるか、楽しみです!!

https://www.ehonnavi.net/ehon/109083/%E3%81%B5%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99/

ふまんがあります
作: ヨシタケシンスケ
出版社: PHP研究所 PHP研究所

絵本のレビューを始めます!

突然ですが、私は絵本が大好きです。

きっかけは、20代の後半?(昔すぎて忘れました(笑))に見た、絵本の原画展。

絵を見ることもそれほど好きだったわけではなく、まして絵の才能は皆無(笑)、芸術対しては「漠然とした憧れ」「絵が上手い人はなんだか個性的でそれだけで素敵」くらいしかイメージがなかった私ですが、

この原画展を見てから、絵本に対する観方がガラッと変わり、ものすごく価値のあるもの、1冊1冊が宝物の様に感じるようになりました。

それまでは、絵本=子供が読むもの、くらいにしか思っていませんでした。

でも、その時みた絵は、1枚1枚が、とても美しく、1枚だけでも作品として発表されてもおかしくない位(そこに文字が入ったとたんに急に「絵本」になってしまうのですが)、

1枚の原画が持つパワーやメッセージは、じつは半端ないものがあるんだなあと感じました。

そんな絵が何枚も1冊の中に入って、しかも1000円ちょっとの価格(絵本はだいたいそのくらいの金額ですよね)で売られているなんて

なんてすごいことなんだ!!??

と。

その時みた原画の中には、たしか「いわさきちひろ」さんと「赤羽末吉」さんの絵が含まれていたと記憶しています。

そういえば、いわさきちひろさんの絵は保母をしていた母が好きだったし、赤羽末吉さんの「スーホの白い馬」は幼少期に家にあってよく読んでいました。

やはり、こうして思い返すと、小さいころに触れたものが、自分自身の深い部分に影響を与えていることが分かります。

絵本が好きになってから、30代のころには、意気投合した仲間と、絵本を持ち寄って、その中の1冊の絵本をテーマに、大人が感想をシェアし合うカフェ会等も主宰して楽しんでいたこともありますが、

意外に、いろいろな絵本を自身で読む、ということはやってこなかったなあと気が付きました。

そこで、これから、自分自身も楽しみながら、私が初めて読んだ絵本の感想を書いて、このブログで紹介する、というのをやってみようと思います。

毎週1冊くらいのペースでできたらよいなあ(目標!(笑))

今は、ネット上でたくさんの絵本を「試し読み」ができる時代なのですね。

図書館に行くか、買うかしかなかったので、時代は変わったなあと、しみじみ。

宝箱のような絵本を、このブログに立ち寄ってくださった方と共有できたら嬉しです!

もし気になる絵本があったら、ぜひ手に取ってみて下さい。

コメントもお待ちしています!



絵本が試し読みできるサイトはコチラ

絵本ナビ

https://www.ehonnavi.net/browse_all/

令和哲学カフェの楽しみ方☆その③

令和哲学カフェは「難しい!!」という声をよく聴きます。

確かに、ただでさえ難しいといわれる「哲学」。

それが、果たして理解できるのか?

そしてさらに、現実でその哲学は使えるのか??生きる上で役に立つのか??

そんなギモンも生まれるかもしれません。

そんな疑問に対して、私は、はっきり

「使えます!」と言い切れます。

さて、その根拠は??


これは、私の実体験に基づくものですが、使えるようになるには、そのものを「理解」すること。これは知識レベルだとしても、ふむふむ、なるほど、という理解。

その次に重要なのが、「自分と繋がって、自分ごとに当てはめて理解」すること。

この2つ目が、めちゃめちゃ重要。

この2つ目ができさえすれば、もうすでに「現実に使えてる」という実感が湧いてるはず。


ではまず、理解のためにクリアすべきこととは?何でしょう。

令和哲学には、

『世界の限界は理解の限界。理解の限界は言語の限界』

という名フレーズがあります。


そう、理解の限界は、言語の限界、なんです。

で、令和哲学の楽しみ方、その③は、ここからが本題。

令和哲学を視聴するとき、日本語で話しているから、「日本語で理解しよう」と当たり前に思いませんか?

これが実は盲点、落とし穴です。

言語の限界については、ヴィトゲンシュタインも言ってますが、そもそも言語の限界も分からずに、言語で疎通しようとするのが間違いの元。

実は、令和哲学カフェの出演者や、もちろん令和哲学者Noh先生は、全く新しい言語「イメージ言語」が土台にあった上で、そのイメージ言語に日本語を当てはめて語っているのです。

なので、イメージ言語を全くしらない方が、自分が理解している日本語ひとつひとつのイメージのみを頼りに、令和哲学カフェで繰り広げられる論理を理解しようとしても

それはなかなか、困難な話なのです。

例えていえば、英語をまったく聞いたことがない人が、英語で話す人を前にしたような状態。

ある意味、どこか部分をとって、知っている単語としてキャッチして繋ぎ合わせて理解しようとする「空耳アワー※」状態になってしまいます。
※タモリ倶楽部という番組のなかでの企画。今もあるのかな?外国の歌(ハードロック等)の一部分の歌詞が、日本語に聞こえてそれを愉しむ企画。

このイメージ言語、一度理解してしまえば、めっちゃ使える、恐ろしいほど使える言語です。

なにせ、絶対世界と相対世界の関係性はわかるし、過去の哲学者が、どこまで何を理解していたかも見えてくるし、なにより、自分がよくわかる。全体がよく分かる。宇宙がどこから、どのように生まれて、自分が今どのポジションにいて、現実がどんな風に成り立っているかも、本当にシンプルに見えるようになってしまう。

訳が分からない→訳が分かる!

そして、Noh先生を中心とした日本人の仲間の25年に渡る研究開発によって、いまではこのイメージ言語が、3日で理解できるようにカリキュラム化されています。

ぜひ、イメージ言語を理解した上で、令和哲学カフェ見てみて下さい。

今の1000倍、いやそれ以上、楽しくなること、請け合いです。


というわけで、今日お伝えする令和哲学カフェの楽しみ方は、

その③ イメージ言語を学んでみる!

令和哲学カフェ、平日毎晩21時~21時半、オンラインで無料開催中です!


https://reiwaphilosophy.com/

9/18~24のテーマは、『ヘーゲルと令和哲学』です。


猛暑の中、終戦の日に。

長い梅雨が終わって、カラッと晴れた!と思いきや

猛暑の日々がスタート。

今年、本当に地球は人間に過酷な試練を与えてきます。

コロナ禍だけではなく、豪雨に猛暑、世界中で起こっているこの出来事。

人間は、これから、どうなっていくのだろう?

そんなことを、誰もが考える時代になりました。

そして、夏の盛りの、お盆の真ん中、8月15日は、75回目の終戦記念日でしたね。

8/6、8/9、8/15。

一年間で一番暑く、そして親戚中があつまる季節。

でも、そこに、暗くシリアスに横たわる空気感。

以前の日本にとって、8月はどんな季節だったんだろう?と、想像もつかない位、

日本人で生まれてこの方、8月は毎年、「終戦」「戦後」「敗戦」といった二文字を深く刻み込む季節だったんじゃないかという気がします。

そして、日本人であれば、どんな人の中にも「もう二度と戦争はしない」という誓いのようなものが、意識はしなくても、暗く、悲しく、淋しい、悔恨の記憶の中に、無意識深くに刻み込まれているのではないでしょうか。

そして、「生きていてごめんなさい」「戦争をしてしまってごめんなさい」といった深い反省も、この、毎年8月のメディアからの情報配信(テレビ、ドラマ、ニュース)を通して、繰り返し繰り返し、日本人の意識の中に、教育され、浸透しているのだと思います。

私自身、そこまで、戦争に対して、罪悪感や、申し訳なさを意識的に感じていたわけではなかったのですが、

外国に行ったり、日本人以外の観点を聞けば聞くほど、日本人の中にある「罪悪感」に気付くきっかけがありました。

その、共通の罪悪感は、「日本」という国が、敗戦して、国に対する誇りや、アイデンティティを喪失したからこそ、個人個人の中に、深く影を落としているようにも思います。

なぜか、自信がない。どれだけ評価されていても、活躍していても、心の奥底を聞くと、たいがいの人が

「実は自分に自信がないのです」

そう仰います。

これは、戦後75年、国のレベルで解決しなければならない、人間の尊厳にかかわる問題だと、私は思います。

1945年8月15日、当時の昭和天皇は、

「このままだと、日本人全員が滅びてしまう。そしてそれは、人類全体が滅びることにもつながっていく。ならば、今は耐え忍んで、非常につらい思いはするだろうが、戦いをやめよう」

そう仰って、戦争を止められたそうです。

ふと冷静に考えても、原子爆弾というひどい爆弾を、一度に数十万人が死んでしまうようなそんな爆弾を、一般市民に向けて2つも落とされた、そんな国は日本以外にありません。

世界で一番、ひどい目にあったとしても、決してそのことを恨まずに、反省しすぎるほど反省して、平和を誓い続ける、そんな国も他に見当たりません。

でも、日本人にとっては、それが自然なことでもあります。

ただ、一つだけ気になるのは、やはり、ひとり一人の尊厳が、心の奥深いところで、とてつもなく傷ついている、ということ。

平和を、だれよりも、どの国よりも希求する、その意志があるのであれば、

まず、自らを、自らで十分に癒し、そして、そのもとで、世界の平和も担保していく。

それが、本当の日本の役割なのではないか、そんな風に私は思います。

暑い暑い、猛烈な暑さの日本列島から、そんなことを考えた、今年の終戦記念日でした。


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様々なゲストの皆さんが、濃度の濃いトークを繰り広げた8/15のポストコロナオンライン会議。

いくつかの質問に対して、様々な視点から語られる内容を興味深く拝聴しました。2時間半の内容ですが、見ごたえあります。よかったらご覧ください。

令和哲学チャンネルより

全体テーマ【beyond everything 日本の決断】

<会の中で話されていたテーマ>
Q.新型コロナウィルスのパンデミックには、どんな意味があるのか?
Q.給付金等で配ったお金を、どう回収するのか?(経済危機の解決策とは?)
Q.新しい価値観に向かうときに起こる、判断基準の違いをどのように解決したらよいのか?
Q.令和JAPANは、21世紀の世界にどんな貢献ができるのか?