戦後77年目の夏

今年は、太平洋戦争が終わり日本が敗戦してから、77年目となります。

1945年8月15日は、日本がそれまで一番大事にしてきた「何か」を手放した日。

そこから7年間のGHQによる占領が始まり、あらゆる言論統制が敷かれていたと聞きます。

一般人の郵便物の検閲まで、徹底的に統制されていたようです。

さらに、ラジオ番組では、一般の日本人が如何に事実を正しく知らされないまま、軍部に騙されていたか、といったことを暴くような番組が、自然な形で毎日流れ、大衆は自然に自然に、「日本は、なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう」と思うようになったと。

敗戦国ですから、戦勝国による思想統制は当たり前のように行われたでしょう。

さらに、東京裁判では、戦争とは関わった国々にそれぞれ理由があるとわかっていながら、歴史上はじめて日本だけが「戦争」という「犯罪」を犯した「国家」という烙印を押されました。パール判事という方、一人だけが、その判決に反対した、という話は有名です。

それから77年目。

7月7日の七夕の翌日、日本全体がショックを受ける大きな事件が起こりました。

まだ、事件の全容は解明されていませんが、この日本で、こんなことが起こるなんて、日本人も、世界中の人も、だれも予測してはいなかったと思います。

今、報道されている情報だけ見ても、犯人は一般の人、しかも現代社会を象徴するような立場の人の様にみえます。

そんな人が、一国の政治的リーダーを、一発で死に至らしめるというのは、どういうことなのか。

この出来事が、今、この日本に投げかけていることはどんなことなのか。

そして昨日は参院選がありました。

この国のことを、今まで以上に深く考えた人も多かったんじゃないかと思います。

ただ、結果としては自民党の圧勝。与党の圧勝。

大きく流れを変えるまでの結果には至らず、という印象です。

政治のことは話さない、信条については話さない、深い話はしない。

戦争に負けてから、この社会について、国について熱く語ることは、日本人にとって暗黙裡にタブーとされてきたと思います。

ですが、

これからの日本の行く末を、そして日本の現在地を、一人一人が自分の国のこととして考えるべきときに来ている、ここ数日はそんな風に感じます。

困っていること嬉しいこと、悲しいこと問題だと感じていること、当たり前に当たり前のことを、人目を気にせず、罪悪感なく安心して、何でも話せる雰囲気づくりを、どこでもいつでも、まず私自身から、チャレンジしていきたいと思います。

変化は、一番些細にみえる事から。

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