これからは、ウェルビーイングではなくベストビーイング!NohJesu氏の新刊「これからの生き方 BEST BEING」が発売に
芸術家の定義がかっこよすぎる。令和哲学カフェ#791の感想。
心理的安全性とは?組織における必要性と実現方法
落合陽一氏が提唱するデジタルネイチャーとは?
2023年が明けました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
動画で知った、シンギュラリティの15年分前倒し!?
昨年末に、友人が教えてくれた動画をみて、落合陽一氏が伝えている『デジタルネイチャー』という概念を初めて知りました。
そして、その動画では、2040年に来ると言われていた「シンギュラリティ(技術的特異点)」が、なんと早くも2025年に来てしまう!と言われています。
シンギュラリティとは、コンピュータの進化スピードが臨界点を超え、もうそこから先は、人間がコンピュータを進化させるのではなく、コンピュータ自身が自ら自動的に進化を始める、といわれているポイントのことです。
参考:シンギュラリティとは?起こる時期や社会への影響について | 株式会社パソナ(旧パソナテック)|ITエンジニア・ものづくりエンジニアの求人情報・転職情報 (pasonatech.co.jp)
つまり、人間はその進化に取り残され、無用者になってしまう。それが、15年も早まってしまう、と言ってるのがこの動画。
ちょっとショックだけれど、たくさんの人にぜひ見てほしい動画でもあります。
2025年を境に、既存の人間観か大きく崩れていく、らしい。
らしい、と書きましたが、これは私もこのブログでは何度も書いてきた「AIの進化によって、人間は無用者階級となっていく」「人間の存在意義が問われる時代になる」ということと、全く合致していて、それがかなり早まってしまった、ということでもあります。
さあ、人間は一体、どうしたらよいのでしょう?
デジタルネイチャーとは何なのか?
デジタルネイチャーとは、とっても平たく言えば、今までは、人間が中心になって、コンピュータも使いながら自然を開発開拓してきたけれど、これからは爆発的に自ら進化し続けるコンピュータが自然を開発開拓していく主導権をとっていく(宇宙自然全体がコンピュータ(AI:人工知能)の研究対象・開発開拓の対象になっていく)ので、人間はその中で暮らす一部の要素になる、ということです。
AIは、世界初の論文も5分で書けるようになるし、音楽も絵も、新しいものを数秒で制作してしまう。そんな時代です。今までは、知的労働・一部の知的エリートの仕事だと言われてきたことや、クリエイティブな仕事だと言われてきたことが、のきなみ「機械」にとってかわられることになります。
落合氏は、このことが現実になる、その事実に一度かなり凹んだそうです。
でも、予測不能なことが起きているのではなく、自身の研究・主張してきた内容がそのまま起きるのだ、と理解して、楽しんでいけばいいか、と考えて落ち着いきを取り戻したとのこと。
圧倒的なAIの進化に対応するにはどうしたらよいの?
たしかに、AIが生み出したもの、生み出すものを上手に使って、楽しんで生きる世界もありだとは思います。が、人間にしかできないこと、人間だからできること、そこははっきり知って、人間であることに誇りを持てないと、人間が人間であることの尊厳を保つことは、とても難しくなります。
ドラえもんの圧倒的な賢さに、どうせ人間はバカだし、と無力感に浸ってやさぐれるか、ただ楽しませてもらい依存するだけののび太くんで終わってしまうのは、ちょっと切ない。
でも、安心してください。
コンピュータ(AI)がどんなに進化したとしても、決してたどり着けない領域はこれ!と、人間にしかできない領域を明確にして、誰もが教育によって、そこにたどり着くことができる、その道筋を案内している未来技術が日本で既に誕生しています。
それが、認識技術・nTechです。
この技術であり教育の内容は、nTech創始者NohJesu氏のこちらのブログにも記載されていますので、ぜひご覧ください。
デジタルネイチャー時代の限界を突破する未来技術 – NohJesu 公式ブログ (noh-jesu.com)
読んでみて、分からないことがあれば、いつでもコメントやメッセージを下さい!
お時間の合う方は、そらまめ主宰の「心感覚読書会」にご参加ください。その場で質問していただけたら、私の分かることであればできる限りお答えします。
『心感覚』読書会 ココカナcafe のお知らせ – そらまめ (soramame313.com)

時代の寵児ともいえる天才・落合陽一氏さえも凹んだそんな未来も、危機をチャンスに、楽しんで共に進化していけたら嬉しいです。
武士道を読んで。ー第十七章 武士道の将来ー
新渡戸稲造の「武士道」を読んで、章ごとに、気づいたこと・感じたことを綴っています。
今日は第十七章。とうとう、最後の章になりました。
この章は、武士道の将来、つまり、今後「武士道」はどうなっていくのか?について書かれています。
そのことが、ヨーロッパの騎士道との対比で語られていました。
封建制度、つまり武力によって国を治める制度がなくなってから、騎士道はキリスト教会によってその寿命を延ばしたけれど、
日本の武士道の場合は、それに相当する宗教はないので、なかなか難しいだろうと。
ただし、全体を通して述べられているのは、形としての武士道は失くなっても、その意志や本質、神聖なる本能は残って、人間の様々な行動や生き方の中に広く浸透していくだろうという予測を込めた願いでした。
他にも印象的だったのは、武士道は、主に治者や公人や国民の道徳的行為に重点を置いていたのに対して、キリスト教は個人のこと、個人的にキリストを信じる人に関する道徳を説いているので、
個人主義が広がる時代には、キリスト教的道徳が勢力を増すだろうとあり、
まさにそれは、現代を表していると感じました。
地球上に個人主義が蔓延して、その良さを通り越して問題点が多く語られるようになった現代には、地球に生きる一人として、つまり「公人」としての規範である武士道の理念に、もう一度、光を当てるタイミングに来ていることを、改めて強く感じます。
今回、この書籍を約8か月に渡って少しずつ読み進めてきて感じたのは、武士道が今ここ、私たち日本人の中に、その日常の中、あちらこちらに今も確かに息づいている、という点です。
そのことが、戦後77年を経て、令和のこの時代に、世界の基準となる精神性として、武力ではなく、心の力として、人と地球が持続可能なシステムとなるための基本の教育として受け入れられていくことを期待しています。
今日も読んでくださってありがとうございます。
※9/12(月)より、令和哲学カフェでは『SAMURAI哲学』と題して、日本の侍たちの哲学を取り上げています。その中で、nTech講師でもある塩見典子さんが、この新渡戸稲造の「武士道」を取り上げて、解説していますのでそちらもぜひご視聴ください。

武士道を読んで。ー第十六章 武士道はなお生くるかー
新渡戸稲造の「武士道」を読んで、章ごとに、気づいたこと・感じたことを綴っています。
今日は第十六章。
この章は、”武士道はこの先も生き続けていくのか?”ということについて書かれています。
次の2点が印象的でした。
一つ目は、武士道は簡単にはなくならない。その根拠。
二つ目は、歪んだキリスト教について(新渡戸稲造はキリスト教徒です)。
一つ目について。いきなりの結論ですが、その根拠がいろいろ述べられていましたが、とくに印象的だったのは、
フランスの経済学者シェイソン氏の計算によれば・・・というくだり。
「各人は、その血管の中に少なくとも西暦一千年に生きていた2000万人の血液をもっている」そうです。
経済学者の計算、というのがとても興味深い。
歴史文化によって一世紀にわたって多くの人の意識が実は血液の中に入り込んでいて(今風に言えば、DNAの中に刻み込まれていて)、そんなに簡単に消え去るものではない、ということでしょうか。
表面的には西洋化して変わったように見えても、無意識の99%は武士道という美しいものが私たちの中にしっかり根付いている、と思うと、安心と共になんだか嬉しい気持ちになります。
そして二つ目。歪んだキリスト教については、今、宣教師が伝えるキリスト教は、本来イエスが説いた純粋な内容からは離れてしまって、西洋人(アングロサクソン)的思惟妄想を含むと。
異教徒にとって、異教徒の歴史の脈絡を配慮しながらその人たちがつかっているイメージを用いて伝達されたなら、普遍的な要素として速やかに納得されるだろうに、と。
確かに、何度理屈を聴いてもまったく納得できなかったことが、日常でよく使われている単語やイメージ一つで「なるほど、それを言いたかったのね」と、スッと分かってしまうことがあります。
単語ひとつも、長い長い歴史を紡いできた先人そして宇宙自然があって、それが私たちのイメージのバックボーンとなって、すべてを引き受けて今ここ生み出されている奇跡のような一言。
そして、キリスト教徒であった新渡戸稲造は、キリスト教の本質と武士道が、根柢ではつながっていることを見ていたのだと感じました。
ただ、最後の一文は気になりました。
武士道の存続を脅かす勢力がある、というものです。
それが、予兆だけではなかったことは、私たちは既に知っています。
ですが、この章にも書かれているように、意識ではなくても、日常のあちらこちら、そして無意識には、しっかり存続している「武士道」があることをタイムマシーンがあれば、著者に伝えに行きたい、と感じました。
今日も読んでくださってありがとうございます。
※9/12(月)より、令和哲学カフェでは『SAMURAI哲学』と題して、日本の侍たちの哲学を取り上げています。その中で、nTech講師でもある塩見典子さんが、この新渡戸稲造の「武士道」を取り上げて、解説していますのでそちらもぜひご視聴ください。

武士道を読んで。ー第十五章 武士道の感化ー
新渡戸稲造の「武士道」を読んで、章ごとに、気づいたこと・感じたことを綴っています。
今日は第十五章。
この章は、「武士道の感化」について書かれています。
冒頭にあった、「まず武士階級を照らした倫理体系は、ときをふるに従い大衆の間からもその追随者を惹きつけた」という文章が印象的でした。
朝、まず山頂を照らした光がやがては山のすそ野にまで広がるように・・・という例えにあるように。
武士道は、最初は武士の階級を貫く倫理体系だったものが、大衆にも受け入れられ、それを模範として自らもそうあろうとし、老若男女が賛同したからこそ文化として根付いたものだったのだと感じました。
それが日本における武士道。
鎌倉幕府創設以来、武士が天皇を支えながら日本を統治するようになり、その700年近い歳月の間、とくに武士が治めつつも戦いがなくなった江戸300年間に、倫理規範として体系化され、庶民にもその規範に沿った生き方が根付いたのではないでしょうか。
「花は桜木、人は武士」
と言われたことからも、武士は全日本人の理想、ヒーローでもあったようです。
本居宣長の
「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂ふ山桜花」
とにかく、武士を表すときに、セットでイメージされるのは桜。
薔薇のように華美ではなく、淡い香り。
でもその美しさや潔さ、そして、微かな中にもそれとはっきりわかるその香りが、日本そのものの心をあらわしていると言われれば、とてもしっくりきます。
「大和魂は柔弱なる培養植物ではなくして、自然的という意味において野生の産である」
という文章も印象的でした。
自然に、この日本に醸し出された魂、それが大和魂。
それを植物に例えれば、まさに、自然に山に咲いた桜。
誰に見せるためでもなく、ただ自然の中でありのまま毎年咲き続けるのが山桜です。
第二次世界大戦で大敗し、その後は世界の平和と発展のために、戦争犯罪国家の烙印を押されようとも、黙々と働き続けその利益を、世界中の国々に還元し続けた、まさに日本という国の魂をあらわしている、
そんな風に感じました。
今日も読んでくださってありがとうございます。
※9/12(月)より、令和哲学カフェでは『SAMURAI哲学』と題して、日本の侍たちの哲学を取り上げています。その中で、nTech講師でもある塩見典子さんが、この新渡戸稲造の「武士道」を取り上げて、解説していますのでそちらもぜひご視聴ください。
令和哲学カフェ 第551回(9/13開催分)では、新渡戸稲造の「武士道」を解説!(9/20まで無料で視聴できます)

10/8・9・10は、第2回Dignity2.0国際カンファレンス@ニセコ
昨年、大阪で初開催されたDignity2.0国際カンファレンス。
コロナ禍の中でも、オンライン、オフライン、メタバースで3000名が全国から、さらにはオンラインでは世界各地からも結集して、大変盛り上がりました。
今年は、開催地を北海道・ニセコに移して、来月の10月8(土)~10(月・祝)の3日間、開催されます。
今年のテーマは、『-シン技術でつくるわたしの宇宙- 心( シン)未来への出発』。
昨年、講演された植松電機の植松社長が、今年はロケットを打ち上げる企画をされるそうです。
なぜロケットを?と思いますよね。
実は、今回打ち上げ予定のこのロケット、サイズは2mほどですが、構造や仕組みは、本物のロケットと同じだそうです。そのロケットが、本物さながらに空に打ち上げられる。こんな機会、なかなかないですよね。ちょっとワクワクしませんか?
この企画を通して植松さんが伝えたいこと。それは、多くの大人は、とっくにあきらめてしまっているかもしれない「夢は叶う」という実感、だそうです。
これは、 Dignity2.0国際カンファレンス 全体の主旨にもつながります。
誰もチャレンジしようとしてこなかった、不可能だと思われてきたことへのチャレンジ。
でも、そこに到達する道具はある。だから、あきらめさえしなければ、きっと叶う。
それが、 Dignity2.0国際カンファレンスを昨年に引き続き開催する、私たちの思いでもあります。

公式ホームページに記載されている、このカンファレンスのコンセプトは以下の通りです。
Dignity2.0ムーブメントとは
2050年人類滅亡の危機が叫ばれる背景に
1.気候変動による環境破壊の危機
2.SDGsを掲げるも進展がみえない持続不可能な危機
3.AI活用による尊厳破壊の危機
4.貧富格差による共同体破壊の危機
5.人間関係が築けないことによる少子高齢化の危機があります。これらの危機を解決できるイノベーションが必要です。
それを、教育、経済、政治、文化芸術に対して、何をどのように変化させるべきかの「革新的価値」を提供するために研究していくのが『Dignity2.0ムーブメント』です。
それらの危機に対して、「革新的価値」を提供するための研究発表の場が『Dignity2.0国際カンファレンス』です。
Dignity2.0国際カンファレンスでは、1日目は教育、2日目は経済、3日目は政治、文化芸術のジャンルで研究の発表、討論、翌年へつなげていくイベントを開催しています。
引用元:2022開催日程&概要 – 2022年 Dignity 2.0 国際カンファレンス 3Days in 北海道
ロケットの原理が発明されたからこそ、そして、何度もその打ち上げに命がけでチャレンジし続けた人たちがいたからこそ、人は宇宙に飛び立つことができ、月面に着陸することができました。
今、解決が難しいと思われている、上記5つの危機も、このカンファレンスで語られる「革新的価値」があるからこそ、それを使ってあきらめずにチャレンジし続ければ必ず、すべての問題は解決に導くことができる、そう言い切って、昨年に続き今年も開催されるのがこのDignity2.0国際カンファレンスです。
今年も、3日間で様々な企画が出展されます。
タイムテーブル – 2022年 Dignity 2.0 国際カンファレンス 3Days in 北海道
今年のカンファレンスの詳細は、こちらになります。興味のある方は、ぜひ一緒に参加しましょう。そして、北海道にお住まいの方は、オフライン会場でのロケット発射の瞬間を体験してみることをお勧めします。
2022年 Dignity 2.0 国際カンファレンス 3Days in 北海道 – 10月8日~10日 ヒルトンニセコビレッジでオフライン/オンライン/メタバースでトリプル開催!

今日も、読んでくださってありがとうございました。
揺るがない安心感を手に入れる道をご案内します。
こんにちは。空豆です。このブログを読んでくださって、ありがとうございます。
突然ですが、私のビジョンは、否定や怒りのない、優しく安心できる社会・関係性をつくることです。
そのために、ゆるがない安心感を手にれる道を案内する「安心トランスフォーメーションメソッド」を開発・提供しています。
なぜ私が、これをやろうと思ったのか?
それは私の幼少期に遡ります。
幼少期の私は、母に怒られた記憶しかないくらい、厳しい母のもとで育ちました。
一番強く記憶に残っているのが小川事件です。
それは4~5歳の頃でしょうか、
家の裏にあった小さな川に落ちてしまったときのことです。
幸い、近くにいた祖父に助けられたのですが、母からは激怒され、
ずぶ濡れのまま玄関先に立たされた、という出来事がありました。
その時、着ていた洋服も覚えているくらい、鮮明な記憶です。
川に落ちた恐怖よりも、母に怒鳴られたことの方が強く記憶に残っているくらい、ひどいショックを受けました。
この時、私は、溺れずに助かったというのに、喜ぶどころか激怒する母に恐怖を感じるのと同時に
「母にとって私は、いらない存在、生まれてこない方がよかった邪魔な人間なんだ」と感じました。
人を怒らせると、恐怖と共に耐えられない心の痛みを経験することを覚えた私は、
とにかく母を怒らせないように、とても慎重に気を付けて「良い子」を全うするようになりました。
でも、怒らせないようにと必死に考えてやったことが逆に裏目に出て、さらにひどく怒られる、といったことを繰り返し経験し、
その結果、私は常に、その後の人間関係において
「相手を怒らせないように常に慎重にふるまわないとならない。でも、どんなに気を付けても最終的には、結局怒られ否定され、自分はこの世界に必要のない存在だと思い知らされる」
そんな、世の中や人生・人に対する終わらない恐怖と、絶望的なあきらめに似た感情に、無意識的にずっと苦しめられてきました。
これは学校生活・社会人生活で、非常にプラスに働く側面も多くありました。
絶対に怒らせないように人間関係をつくるため、表面上はそつなく見える私は、「上司にも部下にも同僚にも、人当たりがよく信頼できる良い人」と評価されました。
さらに、怒られないよう何事も先回りして考える習慣がついていたため、人より早くかつ細かいことにもいろいろ気が付くので「慎重で漏れがない完璧な業務スタイル」はサラリーマン生活では、さらに信頼され評価される要素になりました。
でも、実際は、人間関係でも仕事でも、心の中はいつも緊張状態で、完璧にこなしているつもりでも、不慮の事故の様に、たまに起こってしまう失敗や叱責に対するショックや落ち込みは、年々ひどくなる一方でした。
次、もしショックなことが起こったら、私は一体、立ち直れるんだろうか?
本気で自殺したくなるんじゃないだろうか?
と、そこまで心配するようになっていた時です。
nTech(エヌテック)という、認識を変化させる技術に出会いました。
その出会いによって、人生で初めて、心の底からの安心感というものを得ることができました。
それは、nTechによって、認識のオールゼロ化が起こったからです。
もう少し詳しく言えば、人間共通の脳の仕組みと心の働きを知り、その仕組みに沿って自身の認識アルゴリズムが今ここどのように働いているのか、その全体像が見えました。そして、それまでの認識をオールリセットして、新しい認識をゼロ状態からどのように形成すればよいか、もわかり、
そもそも、あの小川事件のときに、「母に怒られ、母にとって自分はいらない人間だ」と思ってしまった、そのこと自体が、
幼かった私が、ひとりで勝手にそう思いこんでしまった「私独自の解析(リテラシー)だった」ということがはっきりと理解・納得できたからです。それによって、私の認識のベースは、恐怖から安心へと大きくシフトしました。
さらに、今ここで自身の認識がゼロになりさえすれば、どんな相手であっても「100%理解できる」ことに確信を持つことができ、
その結果、それまで、相手に怒られないようにと、ただただ必死で頑張り続けた私の人生は終わりを告げ、代わりに、相手を理解し、相手に寄り添いながら一緒に問題を解決していく、そんな人生へと大きく変化しました。
そうなったことで、その後はさらに1:1の信頼関係をベースに、数人~数十人、さらに百人規模の様々なプロジェクトのマネジメントも任されるようになりました。
これは、とかくズレてしまいがちな、リーダー(経営者)の思いと、社員の思い、その双方に寄り添い、両者の「間の役割」をするマネジメントを行うことで、お互いの疎通が円滑な状態をキープでき、プロジェクト全体を安定して目標達成(納期や成果物、達成感も含めて)に導くことが可能になったためです。
そんな私が今、この「安心トランスフォーメーションメソッド」を提供しているのは、
かつての私と同じように、「人に怒られることに何よりも強いストレスを感じ、その結果、どうしても相手に合わせて頑張り続ける人生になってしまう。でも、そんな人生は終わらせて、心の底から安心して信頼できる関係性を自分からつくれるようになりたい。でもその道がわからない・・・。」そんな人に向けて、
あきらめなくていい、絶対的な安心感から常に始めることができる道がある、と伝えたいと思ったからです。
そんな私が、今後やりたいことは、言いたいことが何でも言えてかつ、怒りや恐怖・否定が存在しない、二度と傷つけあうことができない笑いにあふれた優しく、温かい絶対的な安心感を土台に、お互いがお互いを全力で応援し合えるつながりを広げていくことです。
興味のある方、気になる方は、まずはぜひ、空豆が主催する各種イベントやワークショップにお越しいただくか、お試しセッションをお気軽にご利用ください。
お会いできることを楽しみにしています。


