武士道を読んで。ー第三章 義ー

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新渡戸稲造の「武士道」を読んで、章ごとに、気づいたこと・感じたことを綴っています。

今日は第三章。

この章で一番心に残ったのは、義が武士にとって最も重要であるということ。そして「義理」の本来の意味は「正義の道理」だという点。

なぜ、それが心に残ったのかと言えば、この宇宙自然を貫く法則が、義であり、それを道として理論体系化したのが「義理」だと感じたからです。そして、それをもっとも重要視するのが武士の生き方。

やはり、死と常に隣り合わせの職業だったからこそ、その精神性は、人間の肉体を持続させるためだけの道理ではなく、いかに死ぬか、つまりどう生きるか、どんな道理に従って生きて死ぬか、そこに意識が集中していったんじゃないかと感じます。

これから、日常でも、すべてに一貫して流れている道理と一つになって「義」を生きたい、そんな風に感じました。

今日も読んでくださってありがとうございます。

武士道を読んで。ー第二章 武士道の淵源ー

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武士道には、仏教と神道の要素が入っている、と第二章では書かれています。

剣道の達人が、すべての技を教えた後で、これ以上のことは教えられない、あとは禅に譲る、と言った逸話もあり、生死をこえた絶対的なものとの調和を重要視していることが伺えます。

さらに、強さゆえに傲慢にならないように「神道」の要素がそこを補完する、というくだりもありました。神道とは、先祖を大切に思う気持ちや、人の心がもともとは善であり、平等でもあるといった精神。

力に、絶対性と、愛や平等といったイメージをプラスαしたものが武士道なのかなと思いましたが、興味深かったのは、頭ではなく実行、つまり「知行合一」を重要視した点です。

「論語読みの論語知らず」という例えも出てきましたが、つまり「頭でっかち」はバカにされた、という、現代にも通じる内容もありました。

武士道は実践あって初めて武士道であり、ちゃんと武を磨き、それに見合う哲学的思惟ができたらあとは、言を弄するよりも行いで示せ、といったところでしょうか。

今日も読んでくださってありがとうございました。

武士道を読んで。ー第一章 道徳体系としての武士道ー

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今日は、第一章について。

武士道とは、武士が職業もしくは日常生活において守るべき道とされたもの。つまり、明文化されてはいないけれど、武士の職業規範、といったものだとあります。

文章化はされていないけれど、口伝や生活様式、躾と言った形で、伝わったものだと。

それは、西洋の騎士道精神にも通じるものがあるのではないか、との記載もありました。

日本で武士の世が始まったのは鎌倉時代。1192年と私が小学校の時は習いましたが、その頃です。

それまで、公家を中心に、祈祷等を行う体制で統治が成り立っていたところから、その神官たちを守る、いわゆる傭兵たちによる力での統治(平家・源氏の戦いのあたりから、すでに力による統治権の奪い合いは始まっていたのだとは思いますが)に移行しました。

武力による統治では、リーダーとなる人間には道徳が必要、と説いたのは、確か孔子だったかと思います。

鎌倉幕府が起こった鎌倉には、禅寺が多くあり、死が隣り合わせの武士たちは、死の恐怖を克服するため座禅を行っていた、と聞いたことがあります。

力で統治する人間に必要な徳、そして、生死を掛けた日常の実践的リーダーシップの道の集積体が、鎌倉幕府出発から707年後に新渡戸稲造博士によって「武士道」としてまとめられ、それがなぜか日本語ではなく、西洋の言葉である英語によって初めて表現されたということも、なんとも不思議な必然のような気もします。

今日も読んでいただいてありがとうございました。

武士道を読んで。 ー訳者序~緒言ー

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遅ればせながら、新渡戸稲造の「武士道」を読んでいます。

本を読んで感じたことを、綴っていきたいと思います。

まず、初日は、訳者序から緒言までの気づき。

この本が書かれたのが、新渡戸稲造博士38歳の時。

時代は、明治32年(1899年)。日清戦争の4年後、日露戦争の5年前。日本が国際社会に対して「東洋の小さな国が、なぜこんなにも強いのか??」その疑問が生まれるような、驚くべき動きをした時代に重なります。

英語で書かれたこの本は、その西洋からの問いに対して当時、「なるほど」という答えになったのではないかと感じます。

新渡戸稲造博士は、奥さんがアメリカ人だったようですね。江戸時代に幼少期をすごし、封建制度のなかで自然と教育された内容が、いったいどんなものだったのか、それを奥様や、外国の多くの方から聞かれたそうです。

それを「武士道」と名付けて世界に発表した、それがこの本。

日本人の中に眠っている、でも多くの部分を占めている何か、それが明らかになっていくことが楽しみです。

緒言は、ウィリアム・エリオット・グリフィスという方によって書かれています。

どのような人なのか調べたところ、以下のような方だそうです。

アメリカ合衆国出身のお雇い外国人、理科教師、牧師、著述家、日本学者、東洋学者である。明治時代初期に来日し、福井と東京で教鞭をとった。

引用元:ウィリアム・グリフィス – Wikipedia

この緒言の中に、キリスト教の根底が、武士道につながるのではないか、といった表現や、西洋と東洋が一つになるときに、日本が有力な「中間項」になるのではないか、といった記述もあり、当時の外国人が、日本をすでにそのように見ていたことに、感慨深いものがありました。

今日はここまで。読んでくださって、ありがとうございました。