人は自分が一番何に困っているか、実は分かっていない!?

今日は、「本当の困りごととは」について書いてみたいと思います。

 

みなさん、「一番の悩みは何ですか?」と聞かれて、どう答えますか?

「仕事がうまく行かなくて・・・」

「彼氏(彼女)と最近すれ違いが多くて・・・」

「親が何かとうるさくて・・・」

いろいろな答えが浮かぶと思います。

 

年代や性別、さらに今、置かれている環境によって、答えは様々だと思いますが、

それ、本当に一番の悩み、でしょうか?

 

もちろん、意識的に常に悩んでいて頭に浮かぶのは、そのことだと思います。

でも、「そのことの、何に一番困っていますか?」そして「なぜ、あなたは、そのことで悩んでいるんですか?」と、さらに深く聞かれたらどうでしょう?

 

日頃浮かぶ、いろいろな悩み事。

実は、それ、とっても表面的な部分なのです。

友達や身近なひとに悩みを相談してみても、なんだかイマイチ解決しない。

ということはありませんか?

それは、相手のせい、というよりも、

実は、あなた自身が、本当の悩みを分かっていない、つまり、本当の悩みを伝えることができていない、というケースが大半なのです。

 

自分が何に困っているか、実は自分が一番分からないものなのです。

 

自分の姿(外側)は、鏡がないとみることはできませんよね。

自分の心(内側)も同じです。

自分で自分のことを知ることは、とても難しいものなのです。

ですから、ホントの意味で、あなたの話をゼロ状態で聞いてくれる「相手」が必要になってきます。

(ゼロ状態、とは、まったく色眼鏡のかかっていない状態、つまり聞く側に余計な判断や審判が働かずに、そのまま相手の話がきける状態、を指します)

つまり、あなた自身の中から、あなたが本当に困っていることを意識化、言語化させてくれる人、その存在が必要なのです。

そんな人が、もし周りや身近にいるなら、あなたはとってもラッキーですね!!

 

実はわたしも、以前は「本当の悩みがわかっていない」状態でした。

そこから、ゼロ状態で話を聞いてくれる人と出会い、話を聞いてもらいながら、本当の悩みが整理される、という経験を何度もしました。

今では、自分がゼロ状態で話を聞ける側になり、いろんな方の話をきくことを仕事にもしています。

悩みの解決には、まずは「本当は、自分が何に悩んでいるのか」それを意識化することが不可欠です。

そのためにも、まずは「ゼロ状態で話を聞いてくれる人」が、周りにいないか探してみて下さい!

そしてもしも、思い当たる人がいないときは、気軽にそらまめにご連絡ください。

あなたのお話をゼロで聞いて、本当の悩みを意識化するお手伝い、致します(^^)/

 

とびきりの副業とは?

こんにちは!そらまめです。

今日は、副業するなら何がおススメなのか、について書いてみたいと思います。

 

昨今、時代は変わって、働き方改革法案が先日成立したり、大手企業も副業を推奨したり、第二の人生にむかう起業を応援したりと、

私がサラリーマンだった頃には、考えられなかったことが、当たり前の様になってきています。

 

一昔前は、副業と言えば、ちょっと怪しいネットワークビジネスや、自営業をやっているお家に生まれていれば、親の仕事を休日ちょっと手伝う等々、

いずれにしても、会社勤めの場合は、副業禁止のルールもありましたから、「副業」に関する知識も、選択範囲もそんなにいろいろはなかったと思います。

今は逆に、副業を奨励する時代ですから、趣味や、今までのスキルやアイデアを活かして、営利、非営利、いろいろと、本人のやる気次第で、副業の種類も多様化しているようです。

そんな中、今から、未来を見通して選択したらよい副業とは、一体なんでしょう?

 

ちなみに、私は、新卒のときになぜシステムエンジニア(SE)を選んだか、といえば、それは

「10年後、100万人(確か・・・)のSEが必要になる(しかもSE不足で困るようになる)」

といった記事を目にしたからでした。

「これは、くいっぱぐれのない仕事だ!!」

と確信したことを覚えています。

実際は、SEの仕事は自ら手離しましたが、今も、SE職であれば、募集は常にたくさんあり、そして時給もかなり高いんですよね。

 

ですから、どうせ今から選択するなら、

AIにたやすく取って代わられる仕事よりは、

「これなら、未来、ひっぱりだこ!!」

と思えるような仕事を選ぶ方が、正直なところ安心だし、いろいろとお得かと思います。

 

じゃあ、AIにできない、人間にしかできない仕事ってなあに??

そして、人間にしかできない仕事、そんなスキルはどうしたら身につけられるの??

そんな風に思った方は、是非、こちらのページを見てみて下さい。

↓↓

◆「無」を活用した人材がAI時代の先を牽引していくトップランナーになる!

 

今、選んでおいて間違いのない、副業のヒントがみつかると思います!

 

今日も、最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

 

無心になりたいのですが、どうしたらよいのでしょうか?

先日、久し振りに北鎌倉のお寺で、座禅をしてきました。

以前、そらまめでは、『鎌倉座禅&女子カフェ会』を主催していましたが(最近は、多忙につきしばらくお休み中)、そのときに何度か通ったのが円覚寺というお寺です。

アジサイが咲いていて、とても良い季節。(でも暑い!)

まだアジサイが咲いているうちに、梅雨が明けてしまったなんて、ちょっとびっくりです。

コチラのお寺では、土曜日に初心者向けの座禅会を実施しています。

昔は、年配の方が殆どでしたが、最近は若い女性や男性もたくさん参加されていて座禅は大人気。リードするお坊さんも、かなり丁寧に解説をしてくれます。

60人ほど参加者がいたと思うのですが、そのうち、15人ほどに、最初にお坊さんが質問されました。

 

「なぜ、座禅をしてみようと思ったのですか?」

 

その質問に、30代くらいの若い女性数名の方が、こう答えていました。

 

『無心になりたかったからです』

 

無心になって、心を落ち着かせたい、と言っていた方もいました。

そして座禅終了後、ラスト5分ほどの質問タイムでも

「無心になるには、どうしたらよいのでしょうか?」

と聴かれていた方がいました。

 


 

無心になりたい。でも、その方法がわからない。

考えたくなくても、気になることがあると、後あとから後から、考えが湧いてきてしまって、目の前のことに集中できず、ただ時間だけがたってしまう。

しかも、考えても考えても、どうも同じところをグルグルまわっているようで、解決にたどり着かない。

イライラしたり、悲しくなったり、仕事が手につかないこともある。

特に怒りはコントロールが難しくて、ついつい家族に当たり散らしてしまう。

そして、あとで「ああ、また言ってしまった」と後悔・・・

特に、お子さんのいるお母さんからは、

子供に対してついカッとなって起こってしまい、あとでものすごく自己嫌悪に陥るけれど、自分でもどうにもならない。

という声をよく聴きます。

私も、昔、SEとして馬車馬のように働いていた頃は、何か落ち込むようなことが起こると仕事の進捗に支障がでるので

「もう感情なんて感じないようになりたい・・・そしたらどんなに楽だろう。」

と本気で思ったこともありました。

 


 

ほんとうは、いつも穏やかな心で、余裕をもって人と接したい。

いつも落ち着いた、やさしい自分でありたい。

家族にも、友達にも、イライラせずにフラットな気持ちで接したいし、家でも外でも、いつも楽しくいたい。

 

だから、マイナス的な考えや感情ががどんどん出てきて困るときには、スポーツをしたり、温泉に行ったりマッサージでリラックスしようと努めたり

お酒を飲んで忘れようとしたり、友達とどうでもいい話をしたり、とにかく気分を変えることで何とかしようとするけれど

それでも、やっぱりグルグル考えてしまうから、もっと心を整えるのに良さそうなヨガや座禅にもチャレンジしてみようか・・・

そんな風に思う方も、多いかもしれません。

 

私も、実は、いろんなことを試してみました。

 

でも、どれも実は対症療法で、本当の解決には至らなかったのです(汗)

なぜならば、どれも、問題の根っこがハッキリせずに、問題をなくそうなくそうとしているだけになってしまっていたから。

 

例えていえば、お家の庭に、雑草がどんどん生えてくるので、一生懸命、草むしりをするんだけれど、

雑草の根っこはとっていないので、結局あとからあとから雑草は終わりなく生え続けてしまう

そんな状態です。

つまり、問題の根っこを明確にして、その根っこがクリアされない限りは、問題は後から後から湧いてきてしまうのです・・・。

 


 

実は、考えや感情には、それが湧き出る源泉というか、おおもと、があります。

 

その考えや感情が、どこから湧いてくるのか、それをまず理解して、そして、どんな仕組みで、今、その具体的な考えや感情が出てきているのかを、客観的に理解できれば、

次第に、自分自身で、対処ができるようになります。

 

つまり、あなたの考えや感情を、あなた自身で取り扱えるようになるのです。

 

そうなることで、次は、あなた自身だけではなくて、他人のこともよーくわかるようになってきます。

なぜなら、仕組みは同じだからです。

つまり、人間共通の仕組みがあるのです。

これがわかれば、座禅にどんな用途機能があって、どう活用するのがよいのか、ということも分かるようになり

他人にアドバイスもできるようになって

もっと効率的に、しかも人に依存せずに、でも協力してお互いを高め合いながら、心や体を整えることに取り組めるようになり

さらに、整えることが目的だったところから

整った状態(=無心の状態)が当たり前の出発から、じゃあ未来をこれからどうクリエイトしていこうか、

という話もできるようになっていきます。

そんな風になったらと思うと、ちょっとワクワクしませんか?

 


 

そらまめでは、その、問題の根っこと、人間共通の仕組みを、誰もが順を追って理解できるようにご案内しています。

詳しいことを知りたい方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。

お寺や座禅も、庭づくりを学んでいたころからその空気感が大好きなので、また『鎌倉座禅&女子カフェ会』も開催しながら、

いろんなことをお伝えできたらと思っています。

ご興味のある方は、そちらにもご参加下さいね。

 

今日も最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

身近にどうしても苦手な人がいて、ストレスを抱える日々です。

こんにちは!そらまめです。

今日は、こんな相談をいただきました。

 

身近にどうしても苦手な人がいてストレスを抱える日々です。

本を読んだり、友人に相談したり、いろいろ試してはみたものの、まったく改善しません。

環境を変えることも考えましたが、なかなかそれもできません。何かよい方法はないでしょうか?

 

職場や、家庭、ご近所さん、ママ友などなど、日常で良く出会う人の中に、どうしても気が合わない、苦手な人がいると、

毎日が本当に憂鬱ですよね。

ああ、今日もあの人がいる・・・

でも、話さないわけにはいかないよね・・・

そんな風に思うだけで気が重くなったり。

表面的には、なんとか問題なくやり過ごせても、どこか自分がガマンしていたり、変に気を遣って疲れたり、

今日は何か、すごく楽しく話せたかも!と思っていたら、自分が言った一言で相手が急に怒り出し、逆に傷つくことを言われたり・・・

ほんとうは、いつもスッキリした気持ちで、ワクワクするストレスフリーな毎日を送りたいのに

その人がいる、と思うだけで、毎日がドーンと憂鬱になってしまう・・・

 


 

実は私も、以前はそんな日々を送っていました。

必ず一人はそういう苦手な人が職場に居たり、身近にいたり。

あまりにもストレスが積み重なると、さすがにこのままじゃダメだと思うようになって、思いきって上司に相談したり、

相手のことを理解しようと努めたり

言いたいことはちゃんとハッキリと伝えようと頑張ったり・・・

でもやっぱり、何をやっても上手くいかない、もうそうなると

環境をかえるという最後の手段、転職や引っ越しまで考えるようになったり。

でも、運よく環境が変わって、やっとその人がいなくなった!と思っても、また次の新しい場所で、似たような人が現れたり・・・(涙)

 


 

実はこれ、環境を変えたとしても、決してなくならない悩みなんです。

なぜならば、その人を「苦手だなあ」と思うその原因は、相手ではなく、自分の中にあるから。

 

「え??どういうこと??」

 

と思いましたか?

そう思ったあなたは、かなり感度良好!!です。

 

実は、「苦手な人」が現れたとき、その人を「苦手だなあ」と思う種は、あなた自身の無意識の中にもう既にあるのです。

それが、条件反射で「あの人苦手~!」と思うようにさせてしまうのです。

でも、無意識の条件反射ですから、あなた自身にも、何がどうなって「苦手~!!」と思ってしまうのか、それが見えない。

だから、「目の前の苦手なあの人を、どうにかしないと!!」とがんばるしかなくなってしまう。

そして、苦手な人が一人いなくなっても、無意識の「種」の方はそのまま放置プレー状態ですから、

また似たような人が現れると、おなじように「苦手だなあ~」と思ってしまい、またストレスフルな毎日が始まる。

これは、かなり大変です。

無意識の原因(種)を取り除かない限りは、これが延々と繰り返されてしまいます。

いわゆる、無限ループの繰り返し。

 


 

この無限ループをリセットできるのが、リセッティング技術でもある”認識技術”です。

 

実は、人間の脳は、コンピューターと同じ。

一度、セッティングされたら、そのプログラムに沿って、忠実にインプット→処理→アウトプットを繰り返すようにできています。

ですから、「苦手だなあ」と思う相手を、毎日「苦手だなあ」と思うのも、その相手がいなくなっても、別の形で苦手な人が、次々と生まれてくるのも、この脳の仕組みがそうさせているのです。

リセッティング技術を使えば、この無限ループをリセットして、そこから抜け出すことが簡単にできるようになります。

 


 

いつもスッキリした気持ちで、ワクワクするストレスフリーな毎日が送れる!

どんな人とでも、和気あいあいと話すことができて

職場でも家庭でも、地域でも

いろんな人とチームを組んで、新しいことにもチャレンジしていける。

何よりも、もう、苦手な人に翻弄されなくて済む、という安心感と、

どんな人とでも楽しい関係が作れるという自信が生まれる!

そして、職場や家族、友達との関係がどんどんよくなって、日常生活から「がまん」の文字が消えていく!!

しかも、本来の自分の良さが自然にあふれて、ありのままで、無理せずに、気づくといろんな人から信頼されるようになっている。

これは、私自身が経験した、リセッティング技術の効果です(笑)

 

このリセッティング技術、いろんな方に気軽に体験して頂けるように、入口になるセッションや、イベントも、このブログで随時ご紹介していきたいと思っています。

そらまめへの質問も、引き続きお待ちしています!

こちらのコメント欄から、気軽に送ってくださいね。

今日も、最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

そらまめのプロフィール

こんにちは。そらまめです。

0=∞=1からはじまる自然体で凛とした生き方。そしてつながり。

ブレない軸を持ちつつも、自然体でリラックスしながら自分らしく生きられる、そんなライフスタイルを、主に30代~40代の女性に向けてご案内しています。

今日は、改めて、私のストーリーを書いてみようと思います。

0=∞=1からはじまる生き方に出会うまで、そこに至ったきっかけや、なぜ、こんな風に発信しようと思ったのか、を表現してみようと思いますので、良かったら読んでみてください。

 


【幼少期:自分いらないじゃん。世界一不幸な私を決断】

 

私は、長野県の南部、自然がいっぱいの田舎に生まれました。

 

 

父は教師、母は保育士、という、教育一家でしたが、

3歳くらいからは、母方の祖父母と同居することになり、

祖父は果樹園(梨やりんご)をつくっていて、その他にも田んぼづくりや畑もある、いわゆる兼業農家でした。

小さいころの思い出と言えば、家族総出での田植えや稲刈り、果樹園での受粉作業や収穫作業といった、子どもにしては、かなりの重労働・・・(泣)

そしてなにより、とにもかくにも、

 

『お母さんが、めちゃめちゃ怖い・・・(汗)』

 

小さいころの思い出は、母からは怒られた記憶しかないくらい。

とにかく厳しくて、容赦なくしかり飛ばされてました。

「早くしなさい!!」「いつまで寝てるの!!」「だらだらするな!!」「早く寝なさい!!」

油断すると、ヒステリックな怒号が飛んできます。

いつ雷が落ちるか分からないので、「怒られないようにしないと!!」といつもびくびく、戦々恐々とした日々でした。

夕食後、こたつに入って、うたた寝をしていると、決まって母に「早く(布団に入って)寝なさいっ!!」と怒られるので、母が近づいてくる足音を聞くだけで飛び起きたり

母がいない間、TVを見ていたりゴロゴロしてのんびりしている姿を見つかると、雷が落ちるのでそれを恐れて、母が帰ってくる車の音がしたとたんに慌ててTVを消して勉強しているふりをしたり

NHK以外のTVは、なかなか見せてもらえないので、祖父母の部屋に逃げ込んで、こっそり「8時だよ!全員集合!!」(懐かしい!!)を観たり

そんなことは日常茶飯事でした。

 

母は5人姉妹の3女でしたが、田舎の本家だった家を継いでいて、父は婿養子でした。

祖父は、寡黙な明治生まれの男子で、家ではとにかく母が一番強くて、祖母に対しても日頃からけちょんけちょんに言うのが当たり前。

逆に、父は本当に優しい人で、諭されたことはあっても、怒られた記憶は全くありません。

その分、母の恐ろしさが際立ったのかもしれませんが・・・

そんな最高権力者の母に、何をやっても褒められることもなく、日々怒られつづけた私は、

「私は、お母さんのほんとの子供じゃないんじゃないか」

「私は、橋の下から拾われてきた子供だったんじゃないか」

そんなことを、本気で思うようになりました。

まさに、継母に理不尽にいじめられるシンデレラ。悲劇のヒロインです。

 

更に、私は次女だったので、生まれた時から、家を継ぐ、というミッションからは、当然外れていました。

ひとつ上の姉は、本家に生まれた長女だったので、お座敷いっぱいにずらりと並ぶくらい、たくさんのひな人形を持っていましたが、

私のひな人形は、両親がお情けで買ってくれた「よしべえ人形」という名前の、あまり可愛くない、金太郎みたいな男の子と女の子がひとつのガラスケースに入った人形だけ・・・(涙)

そして、一回り近く年の離れた弟も、待望の男の子であり、長男だったので、こいのぼりや五月人形、兜などなど、親戚中からわんさかとご進物が贈られてきて・・・

その状況は、さらに私に

「私は、いらない存在なんだ」

と、確信させるに十分でした。

 

次女、という立場は、将来、どこに行ってもいいし、好きにしてもいい。

そんな自由がある反面、逆に、自分がこの家に必要な存在だとは、そもそも思いにくい立場だったのだと思います。

この家に不要な人間、母からも嫌われているし、本当の子じゃないのかも??と思っていたくらいですから

ご先祖さまへのリスペクトも生まれるはずもありません。

 

そして、日本という国についても、「素晴らしい国」という教育は家でも学校でも、一度も受けたことがなく、

日本は、戦争中に他の国にひどいことをした悪い国、ダメな国、というイメージしかなかったので

日本人としての自分さえも、肯定できる要素は1ミリもありませんでした。

 

つまるところ、どこをどうみても、自分のアイデンティティの置き所が見当たらず、そんな私が自分自身に出した結論、それは

 

『自分いらないじゃん。世界中の誰にも必要とされていない、世界で一番不幸な私』

 

だったのです。

 


【青年期:誰からも必要とされる医者を目指す】

 

そんな私も、高校性になって、進路を考えるようになりました。

中学時代は成績優秀、生徒会長候補にもなり、吹奏楽部に入り、県大会は当たり前、東海大会を目指しながら友達と青春を楽しく謳歌し、高校は、地元の進学校に進みました。

そんなある日、新聞に載っていた「国境なき医師団」の記事が目に留まりました。

 

 

そのとき私は、「こんな仕事がしたい!」と思いました。

それは、命をかけて、戦争地域に赴く、そんな仕事への憧れでした。

生と死がギリギリのところで何かをしたい。命をかけて何かをしたい。

誰から見ても、絶対必要とされることじゃないと、やる意味がない。

そんな風に思っていました。

そして、医師を目指しましたが、結局共通一次(今でいうセンター試験)で思ったような点数が取れず、親からは浪人するか進路変更するか、自分で決めていいと言われましたが、

私が浪人することでかかる学費が、親の負担になることは避けたい。まだ小さい弟のことも考える必要があるし、と自ら考えて、医学部は諦める結論を出しました・・・

そして、関西の女子大の理学部に進学して卒業し、某総合電機メーカーにSE(システムエンジニア)として就職しましたが、医学部をあきらめたことは大きな挫折感となり、その後、10年以上、ずっと後悔することになります。

 

『人生は勇気ある冒険か、さもなければ無だ』

 

挫折感のなかで悶々としていた20才くらいの頃に出会った、わたしが好きなコトバです。

 


【20代:本当の日本との出会い】

 

システムエンジニアとして、まさに馬車馬のように働いていたある日・・・

司馬遼太郎の「龍馬が行く」という本との出会いがありました。

衝撃を受けたのは、ほんの120~130年前の幕末=明治維新の時には、自分と同じような年代の若者たちが、「この国のために」と命懸けで立ち上がり、そしてバタバタと死んでいった、という事実でした。

その明治維新のおかげで、日本はアジアの中で唯一、欧米の植民地にならずに済んだということ。

そんな人たちのおかげで今の日本があるのに、なぜこの歴史を、学校ではちゃんと教えないの??(近代歴史は学校教育では、かなり駆け足でとりあえず程度に扱うのみですよね)という疑問がわきました。

そして、かつて「日本のために」と命懸けで立ち上がる若者たちがたくさんいた時代があったというのに、今、私は「日本のために」命懸けで何かしたい、という気持ちに一ミリもなれないし、そんな友人も一人もいないし、周りからも聞いたこともない、この格差は何なの??

日本のために死にたいなんて全く思わないし、アメリカは大好きだけれど、日本は嫌い。

アメリカはカッコイイ、憧れの国だけど、日本はカッコ悪い。ウサギ小屋に住んでガツガツ働くイエローモンキーの日本人。

なんで、こんなに、自分の国に対する思いに違いがあるの??たった130年前の日本人と、今の日本人との間に生まれた違いは一体何なの??

そんな疑問があとからあとから湧いてきました。

 

そして、あるとき私が気づいたこと、それは

 

「ああ、それは、日本が戦争に負けたからなんだ」

 

ということでした。

戦争に負けて、戦後の教育によって、日本人が大事にしてきたものが全部なくなってしまったんだ、ということに、その時、はじめて気が付きました。

 

 

昔、ドラマで見た、終戦直後の小学校で、教科書の不適切な個所を墨でどんどん塗りつぶしていく、そんなシーン。

先生のいうことが、終戦の日を境に、180度変わったのをみて、「国や先生の言うことを、うのみにするのはもう絶対にやめよう」と強烈に思ったという、終戦当時小学生だった叔母の言葉。

そして、その敗戦の延長線上に、今の日本がある、というその事実。

そうやってできているのが、今の日本の社会システムなんだ、とうこと。

 

明治以降の近代史をまともに教育しない。日本の素晴らしさを教育で教えない。

その理由が、第二次世界大戦(太平洋戦争)での敗戦、アメリカとの戦争に負けたことから来ているんだ、ということが明確にわかった瞬間でした。

 


【30代:会社を辞めて、庭師となり、日本の素晴らしさと出会う】

 

誰もが知っている大手企業に入り、安定した仕事に就いて、上司や周りからもありがたいことにとても高く評価して頂いて、昇進も同期の女性たちの中では早い方だった私ですが、

実は、ほぼ3年ごとに会社を辞めたいと思っていました・・・。

理由はいろいろありますが、今思えば、一番大きな理由は、

「どうせやるなら、全身全霊で迷いなく打ち込める、命がけでやれる仕事がしたい」

というのが心の奥底の本音だったと思います。

医師をあきらめてからは、システムエンジニアとして働きつつも、本当にやりたいこと、心が満足する何かを探そうと、いろんなことを試しました。

仕事で忙しい合間を縫って、習い事をしてみたり、語学や心理学の勉強をしてみたり、他の仕事を調べてみたり・・・

でもどれもイマイチ本気にはなれず・・・

そんな時に、これはやってみたい、と思えたのが、自然や植物を相手にする仕事でした。

田舎で育ったからか、昔は当たり前すぎて、自然が心地いいと自覚することは全くなかったのですが、

都会で働くようになってからは、たまに実家に帰省すると、心も体も元気で軽やかになる自分がいることに気が付きました。

そして、仕事で疲れ切ったときは、週末、当時住んでいたマンションの近くにあった多摩川の河川敷や、広い公園に行くと、とても心がスッキリしてリラックスできるのを感じました。

満員電車で通勤する最中も、多摩川を通過するとき、その景色を見るだけで、なぜかとても心がスッキリして落ち着くので、とにかく、自然や広々とした景色、公園や海や緑、といったものは大好きでした。

 

 

そんな日々を送っていたせいか、コンピュータという機械を相手にする仕事よりも、自然を相手にする仕事がしたい、と思うようになり、システムエンジニアの仕事も続けながら、京都の大学(通信教育)で庭造りや、公園や風景のデザインの勉強をはじめました。

庭の世界を学ぶことは、新しい人との出会い、そして日本文化との出会い、自然との出会いに溢れていて、それこそ、感動と楽しさ、喜びの連続でした。

幸運にも、庭づくりをしているプロの方との出会いもあり、そんないくつかの出会いを通して、これからは、庭づくりをメインに植物、自然に関わる仕事をしていこうと決めました。

先のことはしっかり具体的に道が見えているわけではありませんでしたが、当時は既に結婚していたこともあり、夫の理解(しぶしぶではありましたが・・・苦笑)も得られたので、思いきってそれまで続けてきた会社を辞め、新しい方向で身を立てることに、本格的に専念することにました。

そんな中、勉強のために京都に頻繁に通うようになって知ったのが、日本文化の素晴らしさでした。

庭を通して日本の文化に触れることは、毎回、隠れている本質的な美しさを発見して、細胞の中心がそこに共鳴して振動するような感動が連鎖的に沸き上がる、静かにキャーキャー叫びたくなってしまうような感覚でした(変態ですみません(笑))

さらに、日本の庭、京都のいろいろな庭を回って感じたことは、

 

「日本人には当たり前のように真理の感覚がある」

 

ということでした。

それは、黄金律とでもいえばよいのでしょうか。

これは自然風だけど、これは自然風じゃないといった、真理のバランス感覚が、自分の中にもあるし、日本人には当たり前のように、それこそDNAレベルで備わっているんだ、とうことを肌で感じたのです。

そんな私が思うようになったこと。

それは、こんなすごい芸術性や文化、そして歴史をもっているにもかかわらず、その価値を、日本人自身が気づいていないし評価していない。

すごいのに、ダメだと思わされている。自分の国や自分自身に価値を感じられない。

そんな日本と日本人の名誉を回復したい。誇りを取り戻したい。

自分も含めて、日本全体の誇りを取り戻したい。素晴らしさを復活させたい。

ということでした。

そんなとき、とあるホテルの裏にあった、有名な庭師がつくったにもかかわらず、手入れも行き届かずに寂れてしまっている庭を復興させることを通して、日本の文化、日本の良さも復興させよう、そんなプロジェクトに関わらないか?という話をいただきました。

私も、そのプロジェクトに協力できたら、と思いました。

でも、実は、心の中の本音は

 

「自信がない」

 

でした。

例え、その庭がひとつ整備されたとしても、それは、日本と日本人が誇りを取り戻すための、大河の一滴にもなるかならないか。

そして、自分に果たしてそれができるのか、役に立てるのか。

そんな気持ちで、どこかで自分自身にもあきらめを感じながらも、かなり微妙な心で取り組んでいました。

本当にやりたいと思えることに出会えたとしても、どこかで妥協しながら、一番は、自分自身の無力感と向き合いながら、それでも取り組む。これはかなりきついことでした。

根本的な部分では「たぶん無理」という絶望感を抱えながら、でもそんなあきらめを、人には言えずに隠して生きていく。嫌だけれど、でもそれがきっと当たり前で、それが人生なんだ、そんな気持ちでした。

 


【ある人との出会い】

 

そんなある日、自然環境保護に関連したとあるイベントで、人生を変える出会いがありました。

そこで出会ったのは、同年代のかなり美人な女子でしたが、彼女が私に紹介してくれた人、それが認識技術(nTech)つまり、0=∞=1のイメージを発見したNoh Jesuさんでした。

今では、その美人な女子は、この認識技術を教える講師をしていますが、なぜ、私がこの技術に興味を持ったのかと言えば、

「世の中にある、あらゆる問題は、たったひとつの根本原因に集約することができて、その根本原因を解決する技術があるよ」

と、びっくり仰天!なことを言われたからです。

半信半疑でしたが、それでも、どうもウソを言っているようにも見えない・・・

根本原因が一つで、それを解決できるということは、私が問題と思っているいろいろなことも、全部解決しちゃうってことよね??

そんな都合のよい方法、あるわけないじゃん!!!

もし、あるとしたら、そのとき私が抱えていたいろいろな問題

 

・どんなに褒められても、なぜか自分を認められない

・他人の評価が気になって、ついつい八方美人になって疲れてしまう

・自分に「これ」といった軸がない、自分に自信が持てない

・心が常に満たされた状態になりたいのに、なかなかなれない

・人に嫌われるのが嫌で、嫌われると地の底まで落ち込む

・日本の誇りを取り戻したいのに、その方法がわからない

・好きなことを仕事にしても、どうしてもその中での矛盾が生まれてしまう

・素晴らしい庭をつくるプロの間でも、人間関係で仲たがいが発生している

これ以外にも、世の中にあふれている、社会問題、自然環境の問題、戦争や貧困の問題・・・

 

こんな、いろいろな問題が、すべて解決できるなんて、そんなのありえないでしょ??

私は、かなり慎重で、疑い深い人間だったので、最初はかなり、不信感をあらわにしていたと思います(汗)

でも、それでもやはり気になって、話を聞くうちに、これはどうしてもちゃんと知っておきたい!!と思ってしまった私は、

思いきって、海のものとも山のものともわからないその内容を、自分の直感に従って、学んでみることにしました。

 

そしたら・・・

 

まあ、本当に、ものの見事に全ての問題を、根本から解決する技術だ、ということが、よくよく分かってしまったのです。

もちろん、この技術は道具なので、現実で本当に解決まで行くためには、時間のかかるものもあります。

でも、この技術を使えば、必ず解決できるし、あとは時間の問題。

その確信が生まれました。

実際に、この技術によって、私の中で何が起こったのかと言えば、それは、一言でいえば、

 

「模様や形があるままで、自分と自分の宇宙が消える」

 

そんな経験です。

つまり、それまで生まれた瞬間から積み上げてきた経験や知識(脳の中にある概念)が、キレイにすべてゼロリセットされる経験でした。

積み上げてきた知識や経験だけでなく、自分自身に対するイメージさえも、一旦キレイにゼロ化されることで、

生きたまま死ぬ、そして、

宇宙ができた仕組みそのままに、「今ここ、新しく設計しなおす」

ことができるようになりました。

しかも、何度でも。

そして、人間は、誰もが無限の可能性そのものであることも、信じるのではなく、「理解」して「共有」できるようになりました。

さらに、自分自身の問題が一掃されただけではなくて、なんと、

日本が誇りを取り戻す道すじまで、ハッキリと見えるようになりまた。

このとき、認識技術(nTech)を0から丁寧に教えてくれたのが、0=∞=1のイメージの発見者、Noh Jesuさんでした。

Nohさんは、日本の素晴らしさと可能性を、それまで私が出会ったどんな人よりも明確かつ繊細に言語化してくれました。

初めてそれを聞いた時、涙が溢れて止まらなかったことを、今でもよく覚えています。

「そうそう、そうなんです、ほんとに、そうなんです!!」と言いたくなるくらい、

それは、自分個人のことというよりも、もっと深い日本のことを、それこそ、一番深いところから丸ごと分かってくれるひとに初めて出会えた、という感動の涙でした。

さらに、Nohさんは、

 

この技術は日本人のためのものです。

日本人だけが唯一、この技術を世界にプレゼントしていくことができます。

 

と言い切っていました。

私は、大和魂に呼ばれたのです、と。

日本を、誰よりも一番深いところから理解し、日本の名誉を回復することに、命を懸けて取り組んでいる、そんな人物(しかも外国人!しかも反日が当たり前の韓国の人です。)との出会いは、私の無意識にあった絶望が、希望そのものに大反転する、そんな大事件でもありました。

そして私は、この技術で、自分自身だけではなくて、日本の誇りも取り戻せることを確信したのです。

 


【世界一不幸な自分から、無限の可能性の自分と出会い、PUの創造主となる生き方へ】

※PU:パーソナルユニバース

 

認識技術を知り、それを人生に応用することで、私の生き方は大きく変わりました。

一番大きかったことは、自分も含めた全ての存在を、無限の可能性として無条件肯定できるようになったことです。

それを通して、

誰も支配しないし、誰からも支配されない生き方へ、

つまり、自分の尊厳を自分で守れ、自分で自分を癒せるだけでなく

自分の宇宙を自分で創造し、経営していける、そんな生き方へと変化しました。

PCの時代から、PUの時代へ。

一人一台、PCをもって使いこなす時代から、一人がひとつの宇宙を、自分で自由にデザインしていくことが可能になる時代。

そのための世界で唯一の技術が、認識技術(nTech)です。

そして、今では、この技術を共有した仲間と一緒に、ビジョンに向かって、今までにないチームビルディングにチャレンジしながら、現実の課題解決に取り組んでいます。

 

そんなマクロの取り組みもやっていますが、今、大切に思っていることは、30代初めに自分が抱えていたいろいろな課題、

・どんなに褒められても、なぜか自分を認められない

・他人の評価が気になって、ついつい八方美人になって疲れてしまう

・自分に「これ」といった軸がない、自分に自信が持てない

・心が常に満たされた状態になりたいのに、ほぼほぼそうなれない

・この人だけにはわかってほしいと思う相手に、どんなに努力しても分かってもらえないことがあり絶望を感じる

・心からやりたいことが見つかっても、一抹の疑問は消えず、どこかで諦め、妥協しながら取り組んでいるため、100パーセントそこに集中できない

etc.

そんな課題を解決してきたプロセスを、ぜひ、今、同じような課題を抱えている方達と分かち合って、

 

0=∞=1からはじまる自然体で凛とした生き方。

 

そんな、ブレない軸を持ちつつも、自然体でリラックスしながら自分らしく生きる、そしてそんな自分から関係性やつながりを築いていく新しいライフスタイルをプレゼントしたい。

そんな風に思って、このブログを書いています。

 

こんなに長いストーリーを、最後まで読んで下さって本当にありがとうございました!


この内容が、少しでも読んで下さったみなさんの生き方のヒントになれば、とても嬉しいです。

愛情を注ぐだけでは防げないこと。

このブログを読んでくれている30代女子の中には、もう既にお子さんのいるお母さんもいらっしゃるかと思います。

今日は、そんな若いママたちに、ぜひ読んでもらいたい話題です。

 


 

先日、ふと気になって、TEDで流れていた「コロンバイン高校銃乱射犯の母親」のプレゼンテーション動画をみました。

 

先頃、アメリカ、ラスベガスでの銃乱射で過去最高の被害者がでた事件が、気になっていたからかもしれません。

そこで語られた内容は、事前に予想した、謝罪、母親としての反省の弁などという、ありきたりなものではありませんでした。

とても恐ろしいことだと感じたのは、

 

このお母さんが、本当に子どもを愛し、大切に育てていた、ということ。

 

良い母親だったか、悪い母親だったか、といえば、きっと明らかに、良い母親だったと分類されるお母さんだったのではないか、ということ。

そして、息子がそのような事件を起こしそして自殺するという、その予兆が、みじんも感じられなかったのだということです。

 

つまり、どんなに愛情を注いだとしても、それだけでは、このような事件は防げないのだ、ということを、彼女は訴えていたのです。

 

そこには、外見ではわからない「脳の健康状態」が大きく関わっていると。

 


 

私たちは、誰もが、精神的に参ってしまったとき、自分で自分をコントロールすることがとても難しくなります。

 

精神的に参っていなくても、

 

なぜ、今、この考えが湧いてくるのか、

 

なぜ、今、この感情が出てきてしまうのか、

 

それがすべてわかって、コントロールできるという人が、どのくらいいるでしょうか。

 

「恐怖、怒り、失望感を 常に感じながら 診断も治療も受けていない人が 大勢いるのです。

患者の行動が危機に達して初めて 注目されるという場合がほとんどです。」

 

そう、彼女は伝えていました。

 

 

脳の健康状態は、外見では本当に分かりにくいものです。

 

私の友人にも、親友の自殺を防げなかったことを、今でも、とても後悔している、と話してくれた人がいます。しかも、そういった経験をした友人は、一人だけではありません。

 

そのぐらい、身近な人でさえ分からないこと、それが「脳の健康状態」なのです。


 

認識技術は、実は、その前提として、人間は誰もが等しく「認識疾患」を患っている、と伝えています。

 

人間の脳には、どんな人であっても、初期設定された「機能的限界」があるのです。

 

その認識における機能的限界が、脳の健康状態と深く関わっています。

 

 

まずは、その、脳の機能的限界を知ること、

 

そしてその限界を補う、新しい認識方式をマスターすることで、

 

このような悲しい事件は必ずなくなり、

 

被害者も加害者も、そしてその家族も含めてたくさんの人が

 

想像を超える苦しみを味わうような

 

そんな時代は終わらせることができる、

 

そう確信するからこそ、私は、この認識技術をたくさんの方に、たくさんのお母さん達に、知っていただきたいと思っています。

 

 

スー・クレボルド: 息子はコロンバイン高校乱射犯──母として、私の伝えたいこと

 

トップアスリートのことば。

トップアスリートの言葉から気づかされることは多いですね。

以前、たまたまラジオで聞いた、ある金メダリストの、テニスの現役トップ選手(女子)へのインタビューに、「なるほど~!!」と思いました。

彼女(テニス選手)は、とにかくテニスが大好きで、楽しくて、初めて試合にでたときも、ボロ負けしたにも関わらず

「めちゃめちゃ楽しい~!!」と言って、応援に来ていた家族はその様子にびっくりしたそうです。

彼女にとって、テニスの楽しさは、相手に勝つこと、がすべてではなかったんですね。

とにかく、テニスをすること自体が楽しいから、続けることが苦じゃない。

続けることが苦じゃないから、長く続けられる。

長く続けられるから上達する。

 

「どんなときが楽しい?」と金メダリストの質問に、彼女は

「自分がイメージする通りにできたとき(ボールが打てた時)。」

と答えていました。そして、次の答えがまた秀逸!

「だから、思い通りにいかないと楽しくなる。」

 

そうなんです。

 

思い通りに行かないと、それをどうすればうまく行くようにすることができるか、また考えて達成していく、それ自体が楽しみになるのですね~。

思い通りにいっても、思い通りに行かなくても楽しむ力。

そして、その前提として、他人に勝つ、とか、勝つことで他の誰かに認められる、

 

それよりも、自分の一歩一歩の進化が歓びそのものであること。

 

つまり、他者との比較(相対基準)じゃなく、昨日の自分との比較(絶対基準)。

 

そこが、トップレベルのアスリートに共通する、そして何事も継続的に進化していくことができる、とても大切なポイントなのです。

(インタビューする側の金メダリストも、イメージ通りに行ったとき、楽しいのわかる!とコメントされてました)

 

何事も、長く続けることができて、一歩一歩着実に進化していけば、必ず上達します。

そこに、濃度とスピードが加われば、かなりな勢いで進化を遂げるでしょう。

大切なのは、比較する基準を間違えないこと。

 

そして、今からの時代、もっと大切なのは、自分の経験や知識さえも超えて、無→有ができあがるメカニズムを知り、その法則性の元で、∞の可能性の中から一つを自ら選んで進化をつくること。

 

今、あなたの比較の基準は、外ですか?中ですか?本当は、何を得たくて動いていますか?

 

そして、今ここ、どんな風に目の前の現実を創ろうとしていますか?

 

◆「無」を活用した人材がAI時代の先を牽引していくトップランナーになる!

 

 

ITの技術職です。常に最新技術を学ばないと仕事について行けません。

入社9年目の女性SE(システムエンジニア)の方から、こんなご相談をいただきました。

「ITの技術職です。ITの世界は、日々技術が進化していて、常に最新技術を学ばないと仕事について行けません。残業も多く、休日も新技術の勉強に時間が割かれてしまい、このまま仕事漬けの日々で本当によいのか、悩んでしまいます」

 

ITの世界は、本当に、毎日毎日、新しい技術や、それに伴う単語がどんどん生まれています。

そのスピードたるや、ついていくので精一杯だと思います。

 


 

私も、以前はシステムエンジニアとして、メーカーに勤務していました。

当時、大規模システムの開発に携わっていたのですが、自分の担当している仕事は、そのシステム全体の中では、ほんの一部分。

システム全体のことをすべて把握できているわけではない状態で、その中の一部分だけを、とにかく必死で漏れのないように、本番でシステム障害が起こらないようにと、設計したりテストしたりしていました。

自分のわかる範囲内は、完璧にやっているつもりでも、自分の予測の範囲外のところで、何が起きるかは、全くわかりません。

全体が分からないまま、その中の一部分を担当することに、ものすごいストレスや不安がありました。

そのことを、上司に相談したときに返ってきた答えは

「自分が、これなら大丈夫、と思うところまでとにかく突き詰めてやってみることだ。それがプロの仕事。」

確かに、そうだよな、、、。

できるところまでは完璧にやって、考えられる対処はすべてやりつくして、それでも、何か起こったら、その時は、その時。

そこでちゃんと対応すればいい。

そうは思いましたが、やはり最後まで「予想外の何かが起こるかもしれない」その不安は消えませんでした。

 


 

この私自身のエピソードは、実は最初にご紹介した、相談の内容と共通しているところがあります。

それが、「全体の地図、全体像が見えていない」ということ。

相談者の方も、ITの世界についていくだけで精いっぱい。新しい知識を常に学んで、目の前の仕事をこなすだけで精いっぱいの状態。

当時の私も、目の前の担当部分に対応するだけで精いっぱいの状態。

全体の地図が分からない、ということは、実はどこから来てどこに行けばよいのか、そして今自分がどこにいるのかも分からないまま、とにかく目の前の道を突き進まなければいけない、という状態でもあります。

これは不安になって当然ですよね。

いつまで頑張り続ければよいのかもわからないし、どこで力を抜いて、どこで力を入れればよいのかもわかりません。

常に全力で頑張り続ければ、必ずどこかでひずみが出て、体を壊しかねません。

かといって、力を抜きすぎても、知識不足等でそもそも仕事に対応できなくなってしまったら、職を失いかねません。

 


 

「全体の地図がわからない」

この状態にある人に出会ったときには、私は次の3つをアドバイスしています。

 

①まず、今の自分の状態(現在地)を客観的に見れるようになること

②自分を取り巻く環境(この場合は、IT業界、さらにIT業界を取り巻く環境、そして究極には今の時代や地球や宇宙といった)の全体像を知ること

③①②を把握したうえで、向かうべき方向性を選択する事

 

②については、「宇宙?そんなところまで??」と思われるかもしれません(笑)

が、実は真面目な話、この宇宙空間の中にあるものすべては影響し合っていますから、しかも、かつては宇宙は「ない」状態から、今「ある」ようになっているわけで、

そう考えると、宇宙の成り立ちからの脈絡にそって思考しない限り、「正しく今ここの全体像を把握する」ということは、不可能とも言えてしまうのです。

手っ取り早く全体像を知りたい場合は、認識技術を学んでしまうことをお勧めしますが、とにかくまずは、今いる場所より一段高いところから、全体を俯瞰してみてみる、ということに取り組んでみてもらえたら、と思います。

業界を取り巻く本を読んでみる、世界経済に関して学んでみる、詳しい人に話を聞いてみる・・・

何でもよいと思います。

まずは一歩、今までとは違う行動をとってみる。

それだけでも、「全体を俯瞰してみる」きっかけになるんじゃないかと思います。

それでも、「自分や、自分を取り巻く環境を俯瞰してみる、その見方が、やっぱりよくわからないんです!」という方は、そらまめに気軽にご相談ください!

正しく俯瞰してみるために、一番、効率のよい方法を、お伝えできると思います!

ではでは!最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

そらまめなんでも相談室へのご相談は、以下のコメント欄よりお気軽にどうぞ!

はじめまして。そらまめです。

こんにちは!そらまめです。

0=∞=1からはじまる、自然体で凛とした生き方。

もしも、「自然体で凛とした」そんな生き方が手に入ったら、人生もっともっと楽しめそうだと思いませんか?

このブログでは、今を生きる、すべての女性たちに伝えたい『ナチュラルな美しさの中に、ブレない軸をつくる方法とは?』をテーマに、様々な角度からそのヒントをお伝えします。

といっても、美容やファッションの流行、How toをいち早くお届けする、そんなブログではありません。

一番深い内面から、自然に湧き出すように、いつの間にかその人本来の美しさが表に現れて、しかもブレない安定した軸がもてている、そんな「自然体で凛とした生き方」ができるようになる、その方法をお伝えするためのブログです。

今の時代を生きる女性たちにとって、これからの人生の選択のヒントになるような内容を書いていきたいと思っていますので、楽しみにしていてくださいね!

どうぞよろしくお願いします。