「独身40代の孤独の正体」について。

先日、こんな記事を目にしました。

 

「独身40代の孤独」の正体とは

 

私も読んでみて、独身ではありませんが、あー、その感じすごくわかるー。

と共感できるポイントがいくつもありました。

 

記事の後半にもあるように、40代は、

若いころのような、根拠のない自信や刹那的享楽感が薄れ、

どんな蓄積を(習慣化)してきたかで、外見にも、収入や立場にも明らかな格差が生まれ、

既に様々な知識を吸収してしまっているので、いろいろな出来事を新鮮な気持ちで受け取れなくなり(マンネリ化)、

ああ、自分の人生、なんだったんだろうか??

と振り返って思いやすい年代なのではないかと思います。

この記事では、解決策として「子供をつくる」もしくは「瞑想する」ことを挙げていますが、

それはそれで、かなり有効な方法なのではないかと感じました。

なぜなら、その二つの共通点は、「今までの人生で経験したことのない、新しい世界と出会うきっかけになりうる」ことだからです。

 

ただ、さらに抜本的な変化は何かというと、

今ここの出会いを、常に常に新鮮で、最高にすばらしいと感じられる自分になること。

ホント、そうなれたら最高です。

どんなことにも、純粋な3歳児のように、いつもワクワクしていられるのですから。

そうなるためには、秘訣があります。

そんな抜本的な変化に興味のある方は、ぜひこちらを読んでみて下さい。

http://magazine.noh-jesu.com/archives/7037

 

AIやロボットの進化がもたらす未来を考える。

今年10月に、NHKで放送されていた

マネー・ワールド
~資本主義の未来~
第2集  仕事がなくなる!?

を、気になって録画していて、先日、ようやく見ることができました。

 

AIやロボットの進化で、近い将来、人間の雇用が奪われる。

これは、もう数年前から叫ばれていることですが、

その現実が、実は、もうすぐそこまで来ていて、アメリカ(ラスベガス)では実際にデモがおこったりと、

しかも、AIに奪われる仕事は、ホワイトカラーの仕事が多くを占める、

なんて聞いてしまうと、かなり、差し迫ったものを感じました。

中でも興味深かったのは、人間にしかできない仕事として残る仕事は大きく分けて2種類あるということ。

一つ目が、AIには生みだせない、まったく新しいアイデアを発想する創造性のある仕事。(AIをコントロールする側、ですね)

そして二つ目は、AIやロボットには「まだ」できない、かなり細かい作業を「機械の指示通りに」実施する仕事。(例えば、ここでこのボタンを押す、みたいな)

そうなのです。二つ目は、もはや、機械に使われる人間、ということで、既に立場は逆転しています。

しかも、二つ目は、いずれ性能が上がれば、機械に取って代わられるのも時間の問題、といった性質の仕事。

そう思うとちょっとぞっとする、と同時に、人間にしかできない仕事、人間にしかできない機能を、これから新たに獲得していく必要性を、あらためて強く感じました。

 

AI化、ロボット化の流れは、資本主義の土台からみると、避けては通れない、大きな流れです。

人間と、人間の生み出した機械が、どのように共存していけるのか。

人間が生み出した機械が、人間の性能を追い越そうとしている今だからこそ、人間にも、進化の必要性が生まれるのは、この時代の必然とも言えます。

では、人間は、進化することができるのでしょうか?

できるとしたら、どんな進化ができると言えるのでしょう?

ぜひこのブログを参考にしてみて下さい。

↓ ↓ ↓

AI時代を楽しめる!知識生産を劇的に変える“人間のディープラーニング”

 

 

仕事をとるか、結婚をとるか。

仕事に生きがいややりがいをもって頑張ってきた女性ならとくに、

このテーマで悩むかたも、たくさんいるんじゃないでしょうか。

仕事中心100パーセントで全力投球して来た場合、

家庭や子育てとの両立ができるのかどうか?

キャリアプランにどう影響が生まれるのか?

悩みますよね。

 

なるようになるさ、そんな楽天的な考えもあるとは思います。

ただ、人生を航海に例えるならば、仕事も結婚も、どんな指針をもって(どんな方向に、どんなスピードで)船をこぎ進めたらよいのか

それが分かっている人生と、まったく分からないまま環境に翻弄される人生とでは

楽しめ方が大きく違ってきます。

そんな、人生の指針のヒントになる記事があります。

 

http://blog.noh-jesu.com/entry/2017/08/27

 

ぜひ読んでみて下さい。

挑戦への恐怖を超えて、本当の自由を手に入れるには?

新しいことを始めるとき、それが大きな変化を伴うものであればあるほど

「それができたらよいけど、でも、やっぱり怖い・・・」

と思ってしまうこと、ありませんか?

 

20代では、平気だったチャレンジも、年を重ねるごとに「希望」よりも「リスク」をイメージしてしまう・・・

私は、30才すぎて、大きな会社をアッサリやめてしまう等、比較的、新しいことにワクワクチャレンジできるタイプでしたが、それでもやはり、年々、全く新しいことに挑戦することは、怖くなっていきました。

でも、いくつになっても新しいことにチャレンジしている元気なお年寄りもいますよね。

人生100年時代、そんなワクワクする日々を、できれば人生が終わる直前まで、つみ重ねていくことができる自分になるには、どうしたらよいでしょう。

その秘訣が書かれたブログを紹介します。

 

http://blog.noh-jesu.com/entry/2018/03/11

 

ぜひ、読んでみて下さいね。

 

自己否定は人間の特権。

突然ですが、自己否定ってすることありますか?

私は、多分にありました。

というより、他人からどんなに褒められても評価されても、自分自身に対しては自己肯定の要素ゼロ、つまり、自己否定で埋め尽くされた人生を送っていました。

いまでは、それが半減して(ん?半減以上かな??(笑))、その減った分は、自然と(意識はしていませんが)自己肯定しています。

要はバランス、ですね。

相対世界は、必ず、両方あり、です。

どちらかだけ、に固定されないことが一番重要。そして本質。

 

さてさて、この自己否定、動物はしない、人間だけの特権だそうです。

なぜ人間だけが、そしてそこには、どんな意味があるのでしょう?

マイナス感情をどうしたらリセットできるのか?

そのこととつなげて、書かれたブログがあります。

 

http://blog.noh-jesu.com/entry/2018/09/09

 

自己否定にも、意味がありますね。

ぜひ、読んでみて下さい!

 

 

「世界は存在しない」と言い切るドイツの人気哲学者について。

38歳のドイツ人の哲学者、マルクス・ガブリエルさんが人気だそうです。

最近、日本にも来て、NHKも特集を組んだそう。

著書もベストセラーになっているとのことです。

コンピューターは哲学者に勝てない――気鋭の38歳教授が考える「科学主義」の隘路

 

 

認識技術(nTech)では、23年前の1996年から一貫して

「現実は錯覚です」

と言い切っています。

が、なぜかまだマイナーな技術です(泣)。

 

マルクスさんは、「世界は存在しない」と言い切っていますが、

「じゃあ、いったい何が実在しているのか?」

といわれたら

「世界以外が実在している」

つまり

「イマジネーション、無限の可能性の世界が広がっている」

と言っているようです。

この記事を読む限り、ではありますが、これもかなり抽象的で、精神論の様に聞こえます。

 

一方、認識技術は、「現実は錯覚です」と言い切り、では、「真実の世界はどのようになっているのか??」について

イメージと論理で明確に語り、

更に、そのイメージと論理で語る世界が、

今の最先端の科学(物理学や数学)や思想哲学、心理学や社会学が抱える矛盾点をも

矛盾なく説明できてしまうことも伝え、しかも実際にそれを解説しています。

さらには、この技術を一日も早くマスターして、

新しい時代を一緒に創りましょう!と呼びかけています。

 

それが、認識技術(nTech)であり、認識技術(nTech)をマスターした人たちの生き方です。

まだ出会っていない方は、ぜひ、この技術のエキスと出会ってみて下さい。

 

認識技術(nTech)創始者NohJesu氏に直接質問できる1日講座はコチラ。

 

さらに、認識技術(nTech)のエキスを創始者自ら3日間でお伝えする講座もあります。

 

現実が錯覚であることがハッキリと認識できて、

真実の世界がああ、そういうことだったのか、と理解・納得できたときに、

あなた自身の本来の軸が自然と見えてきます。

そして、この時代に、この体をもって生まれた自分の「使命」と生き方(ライフスタイル)が、自然とつながってきます。

この技術(nTech)を土台として、あなたと、ワクワクしながら、時間も空間も存在もないところから、新しい時代を今ここで創れることを楽しみにしています。

 

 

「ことば」に頼らず表現してみる。

先日、「がーまるちょば」というグループのパントマイムをTVでみました。

ご存知の方も多いのかな?

彼らは、色々な国でステージに立ち、国際的に活躍する人気のあるアーティストだそうです。

 

「が~まるちょば」とは、ジョージア語で「こんにちは」の意味。
言葉や文化を超えたパフォーマンスが高く評価され、”世界が認めたアーティスト”として
これまでに30ヶ国を超える国々のフェスティバルなどから招待され、その数は200以上にのぼる。(http://www.gamarjobat.com/jp/profile.htmlより)

 

彼らのパントマイムをみていて、感じたことを、今日は書いてみたいと思います。

それは、

「言葉に頼らず、表現してみる」

ということ。

彼らが様々な国でパフォーマンスして、同じように笑いをとれたり評価されるのは、ある意味、「言葉ではない表現方法」で表現しているから、とも言えます。

普段、私たちは、「言葉」を頼りに表現することがほとんどです。

でも、実は、言葉に頼りすぎているんじゃないか??

と、彼らを見ていて気付かせてもらいました。

例えば、「好き」という表現。

言葉以外の方法でそれを伝えようとしたとき、あなたはどんな表現をしますか?

実は、その方が、言葉で表現する以上のことが伝わるんじゃないか、そんな風に思いませんか?

 

そう思ったときに、言葉に頼らずに、伝えたいことを表現し合ってみる、そんなことをワークショップ形式でやってみるのも面白そうだなあと思いました。

たくさんの気づきや発見が生まれそうです。

 

言葉は、人間が人間である所以、といってもよいくらい、人間が発明した、最高の道具です。

聖書にも「最初に言葉があった」と書かれているのは有名な話。

ただ、言葉は便利だけれど、実は、単語ひとつに対するイメージは、一人一人バラバラです。

 

例えば「唐辛子」という言葉。

今、どんなイメージが浮かびましたか??

青い唐辛子、赤い唐辛子、舌が痛くなる感じ?、汗だくのゴルゴの顔?(←有吉ゼミ見てる方なら分かるかと・・・笑)

こんな風に、言葉ひとつとっても、イメージがバラバラ。

その言葉を土台になりたっている(っぽくみえる)私たちの日頃のコミュニケーションは、どうなりそうでしょう??

 

そんなことを、分かりやすく解説している動画がありますのでご紹介しますね。

認識技術(nTech)でいっている「観点」の問題とも、深く関わっています。