
2026年となりました。今年もどうぞよろしくお願いします。
初詣は、毎年近所の春日神社、諏訪神社そしてもう一つの神社をお参りすることにしています。今日は、そんな神社にまつわるエピソードです。
昨年11月、人生で初めて、熱田神宮を参拝しました。
名古屋には何度か行ったことはありますが、なぜかこれまでご縁がなかった場所でした。
境内に一歩足を踏み入れたとき、
とても静かで、凛としていて、
明治神宮の空気と近い、神聖な力強さと壮大さ、を感じました。
熱田神宮といえば、草薙剣です。
三種の神器のひとつが祀られている場所として知られていますが、
その剣が、日本武尊(やまとたけるのみこと)と深く結びついていることを、
私はそのとき、ほとんど知りませんでした。
草薙剣と日本武尊
参拝後、ふと気になって調べはじめたのが、日本武尊という存在です。
思えば昨年は日本武尊にご縁がある年でした。
昨年5月に参拝した、秩父の三峯神社。新宿から高速バスで片道4時間かかる、山奥にある神社です。ここも、参拝した後に知ったのですが、日本武尊がイザナギノミコトとイザナミノミコトをお祀りしたことを由来に建てられたといわれる、有名な神社でした。
古事記や日本書紀に登場する、
とても強く、そしてどこか影のある英雄が日本武尊です。
景行天皇の皇子として生まれ、
熊襲征伐、出雲遠征、東国平定と、
各地を転戦するように歩き続けた人物です。
その旅の途中、命の危機を救ったのが草薙剣でした。
燃え広がる草原の中で、剣で草を薙ぎ、
火の向きを変え、命をつないだ――
そんな物語が、この剣には重ねられています。
熱田神宮に祀られている草薙剣は、
ただの神聖な宝物というよりも、
日本武尊の生き方そのものを引き受けている存在のように感じられました。
英雄であり、悲劇の人
日本武尊は、たしかに英雄です。
けれど、物語を追えば追うほど、
「勝利の人」というより、
「平和をつくるため、役割を背負い続けた人」という印象が強くなっていきました。
伊吹山で荒ぶる神に挑み、
剣を持たずに臨んだ末に病を得て、力尽きていく最期。
それは敗北というよりも、
ようやく旅を終える瞬間だったのではないか、
そんなふうにも思えました。
やまとは くにのまほろば
たたなづくあおがき やまごもれる
やまとし うるわし
この句は、昨年の8月15日(終戦記念日)に、なぜかふと私の頭の中に浮かんできました。奈良の大学に行っていたから浮かんだのかなと思いつつ、あとで調べたら、日本武尊が死の間際に詠んだとされる句でした。美しい故郷に思いを馳せながら、最後に詠んだのがこの句と言われています。
そして、物語はここから、
とても日本的で、美しいかたちへと移っていきます。
白鳥になるということ
日本武尊が亡くなったあと、
その魂は白鳥となって飛び立ったと伝えられています。
西へ、東へ、
日本列島を巡るように飛び、
最後は天へ昇ったとされています。
そして、白鳥が立ち寄ったとされる場所には、各地に「白鳥神社」や伝承が残されているそうです。
この「白鳥伝説」を知ったとき、更に日本武尊とのご縁を感じました。
なぜなら、私の旧姓は「白鳥」だからです。
熱田神宮から、白鳥神社へ
熱田神宮は、日本武尊の物語の途中にある場所です。
剣が残り、
魂は旅を続けていきます。
白鳥神社は、
その旅の行き着く先であり、
あるいは、今もなお続いている余韻のような存在なのかもしれません。
次に訪れるときは、
英雄としてではなく、
すべてを終え、白鳥として軽やかになった日本武尊に、
そっと会いに行くような気持ちで、熱田神宮を
そして白鳥神社も、訪ねてみたいと思っています。
縁を、思い出していくということ
日本武尊との縁を感じた一連の出来事を振り返ってみると、
それは「意味のある偶然」が重なったというよりも、
もともとつながっていたものを、
少しずつ思い出していく過程だったように感じています。
私が大切にしているのは、
人や出来事を、表面的な因果関係だけで見るのではなく、
その奥にある構造や流れ、全体性に目を向けることです。
神話もまた、遠い昔の物語でありながら、
今を生きる私たちの意識や関係性の構造を、
とても象徴的に映し出しているように思います。
日本武尊の物語に触れたことで、
私自身が探究し続けている
「人間の本質」や「世界の成り立ち」への関心が、
あらためて静かに深まっていきました。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
(最後の写真は、熱田神宮参りと言えば・・・の名物「おきよめ餅」で♪)


